「時代精神を見事に捉えていえる」と高い評価
著者は2002年から東京で勤務するようになって、「経済そのものは小さくなっている」はずなのに「人々の生活満足度」が高い様子を目撃した。時期は「失われた20年」の最中。こちらはGDPがカバーしていないテクノロジーがあったわけではない。
「02年初めに、FT紙の記者として日本に着任した時、私の目の前に広がっていたのは――GDPによる従来の測定方式によれば――成長をやめた社会だった」と著者は振り返る。確かに、出生率の低下、貧富の差の拡大、雇用状況の不安定さの拡大―などを抱えてはいた。「それでも」と著者。「それ以外の点では、私の目から見て、日本は成功物語を体現しているとしか思えなかった」。それは「この国では犯罪率は低く、公共サービスは高い効率を誇り、国民は健康で長い平均寿命を享受するのが当たり前」のようにみえたからだ。ところが、いずれもGDP統計には捕捉されていない。
日本で経験した、このGDPに表れない成長の目撃が、本書を執筆する至ったきっかけだという。
本書は18年に英語圏で出版され「時代精神を見事に捉えていえる」と高い評価を得た評論の翻訳版。英国の欧州連合(EU)離脱、米国のトランプ大統領誕生をめぐる動きの背景には「幻想の経済成長」あることを指摘して注目された。
英国民がEU離脱を選択したのは、政治的な「経済成長」を守ろうとする専門家らへの抵抗であり、米国民は「経済成長」の果実の大半が、ごく一部の大金持ちに独占されてきたという事実に気づき、その怒りの噴出がトランプ大統領を誕生させた。ただ英国人であるピリングさんは、母国の欧州連合(EU)離脱には反対だ。
ピリングさんは、GDP不要論を唱えているのではない。経済成長の指標のトップとして扱われることが問題なのであり、その数字に接しては懐疑的であるべきと説く。「GDPを補完する形で、世界のより微妙な側面まで反映できる尺度」を提案している。
「幻想の経済成長」
デイヴィッド・ピリング 著、仲達志訳
早川書房
税別2100円