安倍首相を豊臣秀吉になぞらえる有力新聞
今回の事態を改めて日本と韓国の歴史から見直そうという論調も目についた。中央日報(11日)のコラム「無知または無視:韓国の日本対応マニュアル」は、7世紀の「白村江の戦い」から16世紀の豊臣秀吉の「文禄・慶長の役」へと続く日本の朝鮮侵略の歴史を説き起こし、韓国政府の日本に対する甘すぎる「無策」ぶりをこう批判した。
「世宗大王(16世紀の李王朝の名君)はこんな遺言を残した。『倭(日本)と野人(女真族)への対応は簡単ではない。本当に心配だ。日々気を引き締めて問題がないようにしなければいけない』。朝鮮は日本(壬辰倭乱=秀吉の侵略)と女真族が建てた清国によって領土が蹂躙(じゅうりん)される屈辱を受け、結局は日本に国を奪われた。立派な指導者の見方はやはり違う」
そして、壬辰倭乱の前には秀吉が攻めてくる兆候がいくつもあり、情報を上げるものがいたのに、当時の指導層はそれらを無視していたと指摘する。
「我々は日本をまともに研究していない。歴史の教科書では韓半島(朝鮮半島)から文物が伝授されたという点と、倭寇が虎視眈々と略奪を狙ったという点が強調される。『植民史観』清算の逆作用だ。教えないものの一つが『白江戦争』(白村江の戦い)だ。西暦663年に日本は少なくて2万7000人、多くて4万2000人を一挙に送ってきて、(敗れたとはいえ)最強大国の唐と一戦を交えるほどの国だった。古代日本は我々が頭の中に描いているような『遅れた島国』ではないことをこの戦争は語っている」
そして、現在の事態は秀吉の侵略前夜の状況に似ているという。
「今回も3月に日本が韓国に深刻な挑発をしてくる噂が(金融界に)広まり、日本の元官僚が韓国政府側に日本内閣の強硬な雰囲気を知らせもした。それでも韓国政府は機敏に動かなかった。政府に耳も目もなかった証拠だ。昔も今も我々は日本を分かっていない。そして大きな声ばかり出している」
つまり、日本を「遅れた島国」と蔑視するか、「略奪・侵略を狙う国」と嫌悪するかという短絡的な見方ではなく、正しく危険性を評価・研究すべきだというのである。
(福田和郎)