2019年5月初め、それまで合意した内容の3分の1をも削除した合意文書を、中国側がワシントンに送りつけるという「ちゃぶ台返し」を演じて以来、米中の貿易交渉は暗礁に乗り上げました。
米中の隔たりは大きく、6月28、29日に開かれたG20大阪サミットでも、米中首脳会談は行われないのではないかとの見方も強まっていました。しかし、中国の習近平主席とトランプ米大統領は、大阪で会うことになりました。
トランプ発言、すべては株価を上げるため
習近平主席とトランプ大統領が大阪での会談に同意したのは、首脳会談を先送りにするのは、あまりにもリスクが高かったからです。ただ、事前協議もほとんどない中での会談でしたので、合意したのは基本的にすべての内容を先送りすることでした。
一応、途絶えていた交渉を再開する、米国側は追加の制裁関税は発動しないということが決まりました。
ところが、驚いたことにトランプ大統領は「米企業のファーウェイとの取引を認める」と発言。この点を評価した株式市場は着実に上昇しています。米国株式市場でニューヨークダウ平均株価は9か月ぶりに最高値を更新しています。
ただ、ファーウェイとの取引を認めると発言したものの、実務者間で決まったのはわずかに年間10億ドル。年に670億ドルもの部品を調達するファーウェイにとって見れば、ほとんど取るに足らない数字で、事実上、取引の停止が続いています。
それでも、トランプ大統領はどうしてもファーウェイについて言及したかった。なぜなら、すべては株価を上げるためだからです。
私自身が少々混乱していたのですが、どうやら、いわゆるワシントン(米中枢、すなわち議員や政党幹部、学者、研究所など)とトランプ大統領では、考えが違うようです。
ワシントンのエスタブリッシュメントは、中国に対する警戒が非常に強くなっており、覇権は絶対に譲れない、中国による技術の窃盗はこれ以上容認できない、という立場です。
その象徴が2018年10月4日にペンス副大統領がハドソン研究所で行ったスピーチ、「政権の対中政策」です。ありとあらゆる中国の悪事が列挙され、米国はこれ以上容認できないと宣言しました。
大統領選に向けて、ドル安警戒
一方のトランプ米大統領、最大の目標は大統領選での「再選」です。政策の正当性、継続性よりも、見映えのする行動が大事です。それが明確になったのは、G20大阪サミット後に急きょ設定された「米朝会談」です。
米朝会談で何が話し合われたのか、それはまったく不明ですが、38度線を超えて、トランプ大統領と北朝鮮の金正恩労働党委員長が手を携えて進んで行った光景は感動的ですらありました。
しかし、その前の2回目の会談で、核を破棄しない金正恩委員長に対して見返りをあたえないと、トランプ大統領は突然席を立ったのです。その毅然とした態度は、当時称賛されました。しかし今回の行動と、どのような整合性があるのでしょうか。北朝鮮は何の譲歩もしていないのに、トランプ大統領は38度線を超えてやってきて、しかも米国に金委員長を招待するとまで言いました。
ここまで行動が違うと、今後の日本経済が心配になってきます。北朝鮮は核を保持したままでも、部分的に制裁解除してもらえる可能性が出てきています。ライトハイザー氏やムニューシン氏らは、トランプ大統領が変な方向に行かないように、なだめすかしコントロールする役目なのでしょう。
そうなってくると、トランプ大統領が次に何を仕掛けてくるのか、それを読むことが大事になってきます。株式や為替の相場も、その方向で決まるのでしょう。彼が一番望んでいるのは「再選」です。よって、勝てるような経済環境をつくろうとするでしょう。
できることは、米国金利を下げさせ、株価を上昇させること。そして、その過程でドル安にもしたい、ということになります。
そんなにうまくいくのか、疑問もありますが、トランプ大統領はすでに米連邦準備制度理事会(FRB)内を金融緩和派でまとめようとしています。最近、ことあるごとに欧州や中国を「為替誘導している」と非難しているのも、単なる思いつきではなく、ユーロや人民元を持ち上げ、ドルを下落させようとしているだと思われます。
大統領選挙に向けて、ドル安警戒でしょう。(志摩力男)