日本マイクロソフトは2019年8月、夏季限定の1か月間、「週休3日制」を導入する。休暇の使い方は自由で、旅行に行く場合などは最大で10万円分の福利厚生ポイントを支給するという。
いったいどうすれば「週休3日制」が可能なのか。アナタの会社でもできるのか――。同社の業務執行役員・西脇資哲(にしわき・もとあき)氏が行なった「週休3日制へのチャレンジ!! マイクロソフトのエバンジェリストはどのような働き方改革を実践しているか」と題するセミナーを取材した。
日本はITリテラシーのない人に優しすぎ
セミナーを主催したのは大手人材広告のマイナビ。2019年6月27日、東京都新宿区の同社セミナー会場で開かれた。エバンジェリスト(伝道師)とはわかりやすく製品やサービス、技術などを紹介する職種で、後述するが、西脇氏は日本マイクロソフトの一役員にとどまらず、「IT業界屈指のカリスマ伝道師」として、さまざまな分野で活躍している人物だ。
日本マイクロソフトは今年8月の1か月間、金曜日をすべて有給休暇とし、国内の全オフィスを閉鎖する。対象は正社員約2300人だが、派遣社員にも6割の休業補償をする。休暇中は何をしてもOK。
開口一番、西脇氏はこう語った。
「『週休3日制』と聞いて、みなさん、こう思いませんでしたか? マイクロソフトだから、外資系だから、IT企業だからできるのだと。まったくそんなことはない。特別なことは何もない。普通に社員がITリテラシーを持っている会社なら、どこでもできることです。日本は、ITリテラシーのない人に寛容すぎる。優しすぎるのです。ITを使えない上司のために、部下がペーパー資料を用意したりする。海外ではそんな会社は生き残れません」
西脇氏は「キャッシュレスがそうです。地方の高齢者がQRコードを使えないからと、一向にキャッシュレス化が進まない」と言って、上海の知人が送ってきた写真を見せた。街角のホームレスがQRコードを使って物乞いをしている様子だ。中国では現金を使う人のほうが珍しいという。
「ホームレスでさえ、ITリテラシーがないと生きていけない時代になっています。日本マイクロソフトはITを使えない人に寛容ではありません」
確かにこのあとの西脇氏の話を聞くと、「普通」かどうかはともかく、かなりITを使いこなせないと、「週休3日制」はキビシイと感じる。
働く時間と場所の自由化、ウェブ会議を徹底
「週休3日制」導入には前段階があった。2009年から始まったITの活用を中心にした働き方改革による生産性の向上だ。スローガンは「3Fから3A」だ。3Fとは、「決められた時間」(Fixed Time)、「決められた場所」(Fixed Place)、「決められたデバイス電話」(Fixed Device)のこと。3Aとは、「いつでも」(Anytime)、「どこでも」(Anywhere)、「どんなデバイスでも」(Anydevice)のことを指す。勤務時間の枠をなくし、自宅かオフィスかという働く場所も自由に選択できるようにした。
「勤務時間の枠を外すと、私もそうですが、おもしろいことに早朝6時半ごろに出社する人が増えました。その方が、能率があがる人がいるのです。働き過ぎになるのではという指摘がありますが、私の場合、昼に2時間ほどカフェでたっぷり昼寝しますので、リフレッシュできます。好きな時間に好きなだけ仕事ができるほうが楽しいですよね」
テレワーク(在宅やサテライトオフィス勤務など)というと、これまでは育児や介護など特別の事情を抱える人の働き方と思われてきた。そのため事前の申請書が必要だった。
「ノー申請にして、特別扱いをやめました。全員が、好きな時に好きな場所で仕事をする、同じ環境にしたのです。たまたま会社に出てくる人もいるという考え方に徹し、会社にいなくても欠勤扱いにしないようにしました。では、どうやって評価するのか。その人の能力と仕事は決まっています。その人にあてがわれた仕事で成果を出し、自分の能力を証明すればよいわけです」
働き方改革で一番力を入れたのは、社内や社外のコミュニケーションの改善だ。電話やメール、会議は非常に効率が悪いので、チャットメッセージやウェブ会議に徹するようにした。ウェブ会議の例として、西脇氏がセミナー会場からパソコンを操作、テレビ画面に本社で仕事中の同僚女性を呼び出した。
西脇氏「○○さん、あなたがしている仕事を会場の人に説明してください」
女性「はい。ちょうど今度、外国人相手にプレゼンするので、英語でしゃべってもいいですか?」
西脇氏「はい、どうぞ」
女性が英語で仕事の内容を説明した。この英語の会話は自動的に記録され、日本語文章にも翻訳される。そして「資料」として仲間と共有できる。「マイクロソフトチームズ」というオンライン会議のサービスグループウエアを使っており、世界44か国の言語に対応するから、世界中の相手と会議をして情報交換できる仕組みだ。
取引先には偉い人は行かない、オンラインだけが同行
ふと見ると、同僚女性のバックにあるホワイトボードに何やら数字が書き込まれていた。
西脇氏「おっと、○○さん、後ろに企業秘密の数字が映っていますよ」
女性「まずいですね。消します」
女性がパソコンを操作すると、すぐに背景がぼやけた。パソコンカメラが女性だけに焦点を合わせたのだ。この装置を使うと、自宅で仕事をするテレワークでも気兼ねなくテレビ会議ができる。
「わが社では、会議室を使った会議はほとんどなくなりました。必要な人同士でウェブ会議をすればすむからです。また、どんなに大事な取引先を訪問する際も、部長など偉い人がぞろぞろと出向くこともありません。お互いに時間の無駄ですから。担当者にオンラインが同行するのです。会議で大切なことは、偉い人同士が会うことより、専門家同士が話すこと。担当者が持参した端末を通じて、お客様に、たとえば米国に出張中のわが社の専門家とテレビ会議をしてもらうのです」
また、AIを活用して一人ひとりの残業時間、メール・チャットの件数、発信時間・受け手が見た時間・件数などを把握、仕事の成果と合わせて生産性を測るシステムを導入した。このシステムでは、いつ、どの場所で、どの相手とコミュニケーションをして仕事をすると高い成果が出るか、勤務時間・場所・同僚の好き・嫌いまでわかるのだ。
「週休3日」実現へ5つの工夫
こうして、「週休3日制」へのチャレンジの土台が整った。これまで週5日間で行なっていた仕事を4日間で行なう工夫がこれだ。
(1)ダラダラやらず、仕事の時間を区切る。
(2)同じ部署の3人が参加していた会議を1人に任せる。2人は他の仕事に集中する。 (3)相性がよく、効率のいい人と作業をする。
(4)待ち時間を極限まで減らす。
(5)複雑なツールを複数使い分けることはしない。統合ツールやAIがやってくれる。
西脇さんは、8月の1か月間、「週休3日制」にすると、会社にとっても大きなメリットがあると強調する。金曜日を5回、全オフィスを閉館にすることで、光熱費や警備、管理、清掃などの人件費がかなり削減できるからだ。
もちろん、社員のメリットは計り知れない。日本マイクロソフトではこの期間を「ワークライフチョイスチャレンジ」と名づけ、社員の生産性や創造性を向上させることを期待している。休暇の使い方は自由だ。自己啓発のチャンスとして学習講座に出席したり、社会貢献のボランティアに参加したり、旅行を楽しんだり......。他企業との協力のもと、「異文化異業種職場体験プログラム」も用意と、至れり尽くせりだ。
冒頭に書いたが、西脇さんはエバンジェリストとして、多彩な活動をしている。ラジオのTOKYO FM「エバンジェリストスクール!」のパーソナリティーを乃木坂46のメンバーと務めているし、ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長のコミュニケーションアドバイザーでもある。また、ドローン業界のプレゼンターとして、普及活動に貢献している。
その西脇さんが「週休3日」の使い方をこうアドバイスする。
「多種多様なことをしている人ほど、ずっと長く働くことができます。そのためにはできるだけ多くの社外の人と付き合うことが大事です。私は、社内の同僚と夜飲むことはしません。昼間一緒に働いた相手と飲んでも得るものはあまりありません。そんな時間があったら、社外の人と飲みます。この際、会社の中では手に入らない人間関係をつくって、自分の可能性を大いに広げてください」
(福田和郎)
西脇資哲(にしわき・もとあき)
日本マイクロソフト業務執行役員/エバンジェリスト
1996年日本オラクルに入社。マーケティング、エバンジェリストなどで活躍。2009年マイクロソフト入社、エバンジェリストに従事。インターネット関連製品だけでなく、さまざまなテクノロジーに精通、マイクロソフト社製品以外の分野でもエバンジェリスト活動を拡大。著書に『プレゼンは〝目線〟で決まる』『新エバンジェリスト養成講座』など。