政府が主導して推し進められている決済の「キャッシュレス化」。海外の多くの国々では、スマートフォンを使った支払いが広く行われており、日本でも普及すれば、インバウンドをさらに呼び込める材料になるというのが推進理由の一つだ。
とくにインバウンドの主要国である中国は、キャッシュレスで日本のはるか先を行く、キャッシュレス先進国とされる。
「キャッシュレス国家 『中国新経済』の光と影」(西村友作著)文藝春秋
路上歌手のおひねりはQRコード
「キャッシュレス国家 『中国新経済』の光と影」は、これまで断片的、部分的にしかわからなかった中国のキャッシュレス事情を、包括的に、しかも市民の生活にどれほど浸透しているかを伝えている。その様子は、確かに「日本のはるか先」。旧正月のお年玉も、結婚式のご祝儀もスマホを使う。ストリートミュージシャンは、おひねり受けにQRコードを貼っているという。
著者の西村友作さんは、2002年から北京に在住。10年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号を取得し、この大学で日本人初の専任講師として採用された。その後、副教授を経て、18年から教授に。日本銀行北京事務所客員研究員でもある。
キャッシュレス化前の時代から中国で暮らしている西村さんは、その変化をリアルタイムで経験した数少ない日本人の専門家。本書には著者自身撮影の写真も収められており、臨場感や説得力を高めている。
IT系の話となると日本では、アマゾンやアップルの新事業、フェイスブックやグーグルが開発した新しいテクノロジーなど、「GAFA(ガーファ)」と呼ばれる米国の巨大IT企業のことばかりだが、中国ではこれら米企業を排除する格好で、国を挙げてさまざまな面でのハイテク化をすすめてきた。
その両輪となっているのが、中国最大ECサイトを運営する「アリババ」と、これまた中国最大のチャットアプリを運営する「テンセント」。この2つの事業者が「プラットフォーマー」として、それぞれ決済アプリを開発し、中国のモバイル決済市場は、これら2大サービスが約9割を占めている。
アリババとテンセントがけん引
中国の都市の生活ぶりはリアルにIT先進国であり、まさに「キャッシュレス国家」。たとえば料理店での様子はこうだ。入店して席に着いてまず、スマホでテーブルにあるQRコードをスキャン。画面に出てくるのは写真付き料理一覧、つまりメニューだ。料理名をタップして数量を入れ、決定してオーダー。食後は、食べた料理と値段をスマホで確認。支払いボタンをタップして指紋認証すると完了だ。店員は料理を運んでくる以外は一切かかわらないというが、お運びロボットでも導入されれば、SF小説の一場面が現実のものになる。
テンセントの決済アプリには「割り勘」機能があり、人数で割った金額が計算されてグループの全員に請求が届く。中国ではもともと割り勘の習慣がなかったが、こうしたアプリがインフラ化して定着すると、若い世代の間では当たり前のようになっているという。
中国社会のキャッシュレス利用はこの数年で急進。スマホ進化、普及とアプリの高機能化が進んだためだ。とくに後発のテンセントが、オリジナル事業であるチャットアプリを生かして、旧正月のお年玉である「紅包」や結婚の祝儀に使えるメッセージ性を持つマネーギフト機能を開発したことなどがテコになったという。
モバイル決済市場の規模は、アリババとテンセントの競争が激化した14年から15年にかけて4.8倍に増加。14年の「春節」前に、テンセントの「紅包」が登場している。12年に2.3兆元(約36兆8000億円)だったモバイル決済額は、17年には約88倍の202兆9000元と爆伸した。利用者数は13年1億2500万人から17年末に4.2倍の約5億3000万人に拡大した。