「米国がくしゃみをすると日本がかぜをひく」。日米の経済的な関係を表現して昔からこう言われている。米国の景気や株価などが日本にも大きく影響することをさしたものだ。
そうした関係があるからこそ、日本経済を知るには米国経済の検証が欠かせない。「入門 アメリカ経済Q&A100」(中央経済社)は、そのニーズに応えた一冊。過激に見えるトランプ政権だが、じつはかねてより伏線が引かれていたようなのだ。
「入門 アメリカ経済Q&A100」(坂出健、秋元英一、加藤一誠編著)中央経済社
TPP離脱、NAFTA再交渉も「米国」の政策
「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権は、大統領の振る舞いなども相まって、その政策は、歴代の政権とは趣が異なり過激な印象を与える。
環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの離脱や、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉は、トランプ大統領の剛腕によって実現したかのようにもみられているが、じつはそうではない。TPPについては2016年大統領選の主な候補者が反対を表明していたし、NAFTAの再交渉は、オバマ前大統領も選挙公約にしながら就任後に撤回したものだ。
「異色」とみられるトランプ大統領は、その政策は奇をてらっているものでは決してないという。米国にとって有効と考えられるもののうちから、アドバイザーらの意見を聞き、より有効なものを選択する決断を下しているものだ。
ファーウェイ排除は議会と一致
最近で注目されたのは技術政策での決断だ。18年8月に成立した「19年度国防権限法」は外資による投資規制と輸出管理の強化、そしてサイバーセキュリティーの強化が盛り込まれ、特に海外への技術流出を厳しく規制する方策を打ち出している。トランプ大統領は19年5月、中国通信機器大手ファーウェイ製品の排除を目的とした大統領令に署名して関心を集めた。これも同大統領の剛腕で実施したものではなく、実のところは、議会と一致して動いたものだ。
米国では、中国への技術流出の懸念は1990年代の終わりにはすでにあった。中国が経済面で急速に台頭して懸念が深刻化。2007年にはブッシュ(息子)政権下で中国向けの輸出管理制度が技術の軍事転用を見据えて見直されるなどしている。ところが、その後のオバマ政権では大きな変化はなく「この趨勢的な変化が、トランプ政権の誕生により一気に顕在化した」だけという。
本書は「中国との間で技術流出や窃取が顕在化すると、これが米中関係の全体を一気に悪化させる危機をはらんでいる」と警戒を促す。それは、トランプ政権の政策が経済と安全保障問題を明確にリンクさせているため。日米間で1980年代にあった半導体などをめぐる技術摩擦は、両国の同盟関係が歯止めの機能を果たしたが、米中間ではそれがないことも警戒を強めさせる。
米中貿易摩擦の行方は
米中間では技術摩擦と並行して貿易摩擦の問題がある。トランプ政権の米国が対中政策を協調から対立へと軸足を移しているのは、米国の関与政策の目標とは異なり、中国が「中国が国際秩序を巡る地政学的な競争相手に成長した」ため。米国では、トランプ政権以前から過去20年間の同政策が失敗だったと結論づけており、オバマ政権の東アジア太平洋担当の国務次官補として対中政策の要にあったカート・キャンベル氏は外交誌に「中国はいかに米国の期待を無視したか」というテーマで論文を寄稿。つまり、トランプ大統領でなくても、対中政策の変更を実行に移したとみられる。
ただ、トランプ大統領が選んだアドバイザーのなかには、「米中もし戦わば 戦争の地政学」(文藝春秋)などの著書がある対中強硬派で知られる経済学者、ピーター・ナバロ氏らがいる。ナバロ氏は著書のなかで、中国への経済依存を軽減して中国の経済成長と軍拡資金調達能力を抑制しつつ、米国内の製造業を強化して対中優位を確立して「力による平和」を中国に受け入れさせるべきと主張している。
本書によれば、トランプ政権内部では、貿易赤字の削減を優先して早期の合意形成を目指すのか、中国に重商主義政策の是正までをも要求するのか、優先順位が決まっていないという。
今月末に大阪で行われるG20サミットで、米中首脳会談が行われるかどうかが問題の行方のカギとなりそうだ。
「入門 アメリカ経済Q&A100」
坂出健、秋元英一、加藤一誠編著
中央経済社
税別3000円