「老後2000万円」問題、ホントにそんなに必要? 新聞報道から読み解く

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   夫婦の老後資金に「2000万円が必要」とする試算を盛り込んだ金融庁の報告書をめぐる問題は2019年6月11日、麻生太郎金融担当相が報告書の受け取りを拒否する異常事態に発展した。

   本当に2000万円がないと老後は安心できないのだろうか。いったい何が問題なのか、12日付の主要新聞朝刊の報道から読み解くと――。

  • 報告書受理を拒否した麻生太郎金融担当相(2007年撮影)
    報告書受理を拒否した麻生太郎金融担当相(2007年撮影)
  • 報告書受理を拒否した麻生太郎金融担当相(2007年撮影)

「人生100年設定の画期的計算」と豪語していた麻生氏

   今回の問題をざっとおさらいしておこう。金融庁の報告書「高齢社会における資産形成・管理」は、長寿化に伴って預貯金などの経済的な蓄えである「資産寿命」も延ばす必要があると、国民に呼びかける内容だ。麻生太郎・金融担当相が諮問機関の「金融審議会」に諮り、2019年6月3日にまとまった。

   夫が65歳以上、妻が60歳以上の無職夫婦のケースを総務省の家計調査から計算した結果、月々の年金などの収入から生活費を差し引くと毎月5万円の不足(赤字)が生じる。今後20~30年で1300万円~2000万円の資金が必要になるというものだった。

   各紙報道によると、発表当時の3日、麻生氏は「人生設計を考える時に、100まで生きる前提で退職金(をどう使うか)って計算してみたことある? ふつうの人、俺はないと思うね。自分なりにいろんなことを考えないとダメだ」と報告書の内容に胸を張っていた。ところが11日に一転、「これまでの政府のスタンスと異なる。正式の報告書として受け取らない」と前代未聞の不受理劇を演じた。チャブ台返しどころか、蹴飛ばしてしまった形だ。

   この内容のどこが問題なのか。産経新聞が指摘する。

「『もう少し言葉の選び方を慎重にすべきだった』。金融庁幹部は肩を落とす。金融庁が本来伝えたかったメッセージと違うところで議論が紛糾してしまった。『人生100年時代』では。これまでより長く生きる以上、多くのお金が必要になる。保有資産の運用など、自助の取り組みの重要性を指摘した。

しかし、現状説明で『不足額が2000万円』などと記したことが失点だった。実際は退職金や預貯金もあるため『不足額』との表現は言い過ぎであるうえ、支出水準が世帯によって異なるため、平均値では誤解を招きかねない。金融庁の別の幹部も『単純化しすぎて、返って混乱を招いた』と話す」

   政府与党があわてて火消しに走ったのは、参院選を控えているからだ。各紙とも2007年参院選で、「消えた年金問題」が足を引っ張って大敗、その後の政権交代につながったトラウマを指摘する。

「与党の議員や幹部たちは『金融庁は野党の味方か』『なんであんなもんを選挙前のタイミングで出してきたのか』と憤りをあらわにした」(毎日新聞)

「パンツはいてません」と正直にいい過ぎた金融庁

   しかし、「金融庁は悪くない。精一杯の正直さがあだになった」と、お笑い芸人の非常にわかりやすいたとえで擁護したのが、毎日新聞のコラム「水説」の福本容子論説委員だ。

老後資金はいくら必要か?(写真はイメージ)
老後資金はいくら必要か?(写真はイメージ)
「『安心してください、はいてますよ』。そんなお笑いネタがあった。パンツ一丁でたくみにポーズをとり、まるで素っ裸であるように見せてハッとさせる。でも、もし本当にパンツをはいていなかったら......。金融庁の報告書が波紋を広げている。『安心してください』と言っていたのに、自力で2000万円用意しろって詐欺だ! 批判が噴出した。

だが、報告書は『あの人、パンツはいてませんよ』と正直に書いたに過ぎない。公的年金だけで老後もそこそこの生活基準をキープするのは一般的に無理。これが現実=『裸』だ。政府も公的年金だけで100年安心と言ってはいない。2004年にできた制度は、平均的な現役会社員が受け取る収入の最低50%を公的年金でカバー、がそもそもの目標だ。当初から残りはご自分で、が前提なのだ。」

2000万円どころか7000万円足りない試算も

   そもそも「老後の生活費は2000万円でも不足かもしれない」と、さまざまなエコノミストの調査レポートを紹介しているのが朝日新聞だ。

「第一生命研究所の永浜利広氏が(金融庁報告書と)同じ条件で試算すると、必要額が1500万円に減った。一方、2000万円では足りないという試算がある。ニッセイ基礎研究所は、サラリーマンと専業主婦の2人世帯で収入が公的年金のみのケースを想定して試算した。現役時代と同じ生活水準を保とうとすれば、(現役時代の)年収300万円未満の世帯で1800万円、年収750~1000万円未満で3650万円、年収1200万円以上で7700万円など、年収が増えるごとに必要額も大きく膨らんだ」

   さまざまな年収や資産の人を分けて分析しないと、本当に必要な老後の資金はわからないというわけだ。

   ともあれ、政府与党は報告書を「なかったこと」(自民党・森山裕国会対策委員長)にする構えだ。それと同時に、5年に1度行なわれる公的年金財政検証の公表の先送りを図っている。

   公的年金財政検証とは、100年というスパンで保険料収入や年金給付費の見通しなどを分析。長期の公的年金財政の収支バランスを検証して、将来の公的年金の給付水準を示すものだ。だから「公的年金の定期検診」と呼ばれる。今回は6月初旬にも結果が公表される見通しだったが、発表が遅れている。

   その理由を朝日新聞はこう説明する。

「野党は、2007年に年金記録問題を追及し、参院選で大勝した成功体験がある。検証結果が(年金だけでは暮らせないという)新たな政権追及の材料になるのは必至だ。政権幹部は『公表時期が政治マターになった。官邸の考え次第で、参院選後に先送りするかが決まる』との見方を示す」

   毎日新聞も、

「政府与党内には『今出せば火に油を注ぐだけ』との見方が支配的だ」

として参院選後に先送りの方向だ、と報じている。

「なかったこと」にされた審議会メンバーの恨み節

   こうした大事な公的年金問題を政争の具にしていいのだろうか。野党も選挙目当てに国民の不安をあおっていないか、と批判するのは産経新聞の主張(社説)だ。

「野党は報告書について『100年安心』は嘘だったのかと、揚げ足取りに終始している。だが公的年金が元来、老後資金の全てを賄う設計になっていない。この大原則は民主党政権時も同様で、知らないはずはない。老後に必要な資金額を紹介し、自助努力を促すことは本来、当然のことである。それだけに野党は、公的年金に対する無用の不信を広げる言動は慎むべきだ。

政府与党も報告書の撤回でお茶を濁し、少子高齢化で迎える厳しい現実から目を背けてはならない。与野党で真摯な議論を進めるべきである」

   さて、「(報告書は)極めてずさんで、まともな政治議論に供するものではない(自民党・岸田文雄政調会長)」(読売新聞)とまで酷評された金融審議会のメンバーの無念はいかばかりだろうか。

   上柳敏郎弁護士は、毎日新聞にこう語っている。

「自動的に抑制するルールで年金が減るのは前提条件で、備えの手段をどうするかが焦点だった。関係省庁も入って真剣に議論してきたのに一体何だったのか。理解できない。選挙前という事情があるのかもしれないが、問題を直視して政治の場で議論をしてほしい」

   みずほ総合研究所の高田創氏も朝日新聞で、

「資産形成を前向きに考えてほしいというのが報告書の趣旨だったが、議論の前提の『2000万円』に関心が集まってしまった。今回のことで思考停止になってしまうとすれば残念だ」

と訴えている。

(福田和郎)

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