2018年秋に行き過ぎたM&Aによる損失増加が発覚した個人向けダイエットジム運営のRIZAPが、組織再構築費などの支出がかさんで、この3月期決算で193億円の最終赤字を計上したことが発表しました。
そこで同時に発表されたのが、松本晃取締役の退任。松本氏といえば、業績不振のジョンソンアンドジョンソンやカルビーの経営を立て直した、プロの赤字企業再生請負人です。昨年、同社が三顧の礼をもって迎えた松本氏が、わずか一年で去ってしまうのは尋常ならざる事情を感じさせます。
経営の「指南役」だったはずが......
そもそも松本氏は2018年6月、RIZAPの瀬戸健社長が経営の指南役にと代表取締役COO(最高執行責任者)として迎えた「右腕」でありました。その松本氏は就任早々子会社を回る中で、「オモチャ箱みたいな会社だが、一部のオモチャは壊れていて早急に修理が必要」と、M&Aの推進方針の凍結と子会社の整理を進言し、拡大路線にストップをかけた張本人でした。
ところが、路線変更を発表と同時にCOOを降り、年明けには代表権を返上。そして今回取締役をも退任ということになりました。いったい何があったのでしょう。可能な限り情報を集めて調べてみました。
情報としてわかったことは、
・ 路線変更の必要を感じた松本氏は瀬戸社長に対して、「行き過ぎたM&Aの失敗を認めて、痛みを伴う改革に取り組む覚悟があるか」と迫った。
・ 瀬戸社長はそれに合意し、これまでの戦略を積極的に推し進めてきた経営企画担当役員とM&A責任者の更迭を指示し、実行させた。
・ 更迭された幹部をはじめとして、社内には急に方針を変えさせ、強引な舵取りを指示した松本氏に対する反発が起きた。
ということでした。
松本氏はおそらく、90社近い子会社を抱えながら、その半数以上が赤字状態にあり、かつ黒字化のメドも立たなければ、それを先導する幹部もいない。そんなRIZAPグループの現状および先行きについて相当な危機感を感じたのでしょう。
社内的な反発が起きることは覚悟のうえで、しかし甘いやり方をしたのでは会社の存続すら危ういとの危機感を持って、思い切った改革を瀬戸社長に指示したのでしょう。社内に大きな一石を投じることこそが自己の使命であると任じて、心を鬼にして憎まれ役を買って出たのだと思います。
部外者の自分が退いて社長の求心力を強める
その流れで考えると、松本氏が改革に道筋を付けて今回自ら身を引いたことは、合点がいきます。
改革の方針を固めて入口を切り拓いたことで、これ以上部外者である自分が組織内で改革を先導することが本当に組織にプラスに働くのか、というのが基本的な思いであろうと。その理由として、組織改革の力学を知る松本氏であればこそ、部外者である改革先導者の自分に反発する組織内に生じた負の反発エネルギーを、正のエネルギーに変換することが肝要であり、今こそ早急に社長への求心力を高めて改革を前に進ませることが望ましい。
コンサルタントとしては、そのように考えるのが常套であるからです。私の経験からは、松本氏の意図するところは、間違いなくそのような組織を思う気持ちであった、と確信します。
ところが、今回の決算発表では同時にもう1件の新たらしい動きが公表されています。それは、松本氏の退任と入れ替わる形で、元住友商事副社長でビジネス系ITサービス会社SCSK社長、会長を歴任した中井戸信英氏を取締役会議長として迎える、というものです。
いわば、中井戸氏は松本氏に代わる新たな経営「後見人」です。調べてみるとこの人事は、松本氏には何の関係もなく、以前より瀬戸社長が経営指南役として頼っている経営コンサルタントの新将命氏に相談し、紹介してもらったのだといいます。
社内で、外部からのプロ経営者手主導のやり方に反発が起きたことを受けてなお、新たなプロ経営者をトップの右腕として組織内に向かい入れる瀬戸社長。このやり方には、私個人として大きな違和感を禁じ得ない、そんな印象を強く受けています。
私もこれまで規模の大小にバラツキはありますが、数々の企業経営者の経営相談役として、さまざまなアドバイスをさせていただいてきました。そのような折に何より一番注意していることは、社長を経営指南役であるコンサルタントの操り人形のようであるかのような印象を社員に絶対に与えてはいけない、ということです。
私の独立直後、とある企業のお手伝いをする中で、「社長がコンサルタントの言いなりになっている」「社長は自分立ち社員の意見よりも、コンサルタントの意見を重視している」と多くの社員に感じさせてしまい、急速に社長の求心力を失わせてしまった苦い思い出があるのです。
「おとなの経営者」に脱皮できるか?
いかに正しい経営指南であろうとも、それを先導すべき経営者自身の指示の裏に、部外者の誘導を感じさせてしまったら、結局改革はうまく進まなくなってしまうのです。
それが社員にとって、痛みを伴う改革であるならなおさらのこと。私は速やかに定期的に会社を訪れて社長の相談にのるコンサルタントの立場を改め、改革先導は社長に任せつつ外部で時々相談に進捗報告を受けながら都度相談に乗るカタチに変えて、なんとか無事改革を貫徹させることができました。
社内の反発を受けながら、外部指南役に改革の道筋をつくってもらい、なおまた新たな経営指南役を雇い入れる。先行きに危機感が募る瀬戸社長が外部の経験者に頼りたくなる気持ちはわかりますが、グループとしての企業群を今こそ本当に一つにして自らの意思で先導する、自身が立派な「おとなの経営者」に脱皮するためにも、今こそ独り立ちすべき時に来ているように思います。
あくまで指南役に頼るこのやり方で本当にいいのか、自己の経験からRIZAPの行く末に若干の不安を感じた一件でありました。(大関暁夫)