2018年に日本を訪れた中国人は過去最高の838万人。国・地域別では最大の数ながら、海外旅行を楽しんだ全中国人(延べ1億6000万人)の5%に過ぎない。
まだまだ中国人客を日本に誘致する余地は大きいし、なかでも富裕層の取り込みは旅行消費額増加に特に効果的――。そう主張する三菱総合研究所の劉瀟瀟(りゅう・しょうしょう)研究員は、「成り金趣味でマナーもよくない」というイメージが強い中国のお金持ちの好みや行動パターンがいま急速に多様化し、変わってきていると指摘する。劉さんの分析を聞こう。
観光地「日本」じつは「知る人ぞ知る」存在
観光庁が発表した2018年の訪日外国人旅行消費額は、4兆5189億円。国・地域別では中国が1位の1兆5450億円、構成比は34%でした。ちなみに2位の韓国は5881億円で、構成比13%。最近メディアでは、「訪日中国人消費は一巡した」「欧米富裕層をもっと取り込め」という論調も出ていますが、こんなにボリュームが大きい中国人旅行客の実像をもっと細かく見ることが、インバウンド推進のためには不可欠でしょう。
とりわけ、消費額が大きい富裕層の実態を知ることが必要です。
仮に「流動資産1億円以上」を富裕層とすると、中国全体で230~240万世帯が存在すると推計されます。こうした人たちの海外旅行動向を、中国の民間調査機関「胡潤研究院」が昨年、大手旅行会社と調べたところ、人気の観光地については1位の「ヨーロッパ」を筆頭に、「アメリカ」「アフリカ」「東南アジア・南アジア」と続き、「日本・韓国」はようやく5位でした。
中国のお金持ちにとって日本は、まだまだ盛りあがる余地がある旅行先なのです。ちなみに、年に3回は海外で遊び、年間の家族旅行の買い物代だけで約300万円――というのが、この調査に基づく富裕層の平均的な海外旅行像です。
存在感はまだ薄いものの、「知る人ぞ知る」という感じの旅行先が日本。日本各地を旅行中の大勢の富裕層と交流した結果、私はそう見ています。
ひと口に富裕層といっても、ゼロから起業して成功した人と、その子供とでは嗜好も異なり、中国ではそれぞれ「富一代」「富二代」と言われています。「二代」は幼いころから日本のアニメに親しんだ、日本への親近感が親よりもっと強い世代です。
また「富一代」でも、教養や文化的関心の有無によって、やはり違った層となります。文化などに関心の薄い人は、ブランド品の爆買いをしたり、自分のお金をひけらかしたりする。日本でおなじみの「声の大きい中国のお金持ち」のイメージそのものの人たちですね。
中国人はモノ、コト、ココロを満たしたい
一方で、教養があり、文化に関心がある「富一代」(アリババ創業者のジャック・マーさんが典型的なイメージです)の間では、日本での「企業学習ツアー」が最近盛りあがっています。
日本の老舗メーカーや地方の工場訪問、有名な起業家との交流や座談を、自分のビジネスを見つめ直すきっかけにしようというツアーで、中国人の会社が主に企画・運営しています。また、子供に京都、奈良のお寺や神社を見学させるツアーも約3年前から人気を呼んでいます。子供はその結果を、たとえばインターナショナルスクールで、英語で発表したりする。
唐の時代の長安をお手本に造られた京都、奈良は、中国人にとっても歴史と触れ合う場所。子供に欧米だけではなく、日本文化や昔の中国のことを学ばせたい富裕層が増えている表れです。
教養や文化への関心の有無は、「富二代」を分ける切り口にもなります。日本の伝統などに関心を抱く若い人たちは、高級着物の着付け、一対一の茶道や華道レッスン、ミシュランに選ばれた名店の料理人が教える日本料理教室、地方では高級梅酒づくりなど、さまざまな上質の楽しみを、どんどん味わうようになっています。
受け入れる日本側は、モノ、コト、ココロのすべての面を満足させるサービスを充実させる必要があるのですが、残念ながら目下、こうした面の受け入れ体制はまだまだ未整備で、高度化、多様化している中国富裕層の好みに応えきれない例が少なくないようです。
彼ら、彼女たちの好みや希望を的確につかみ、それに自分たちの商品やサービスが、どう応えられるか。その課題を考えることが、よりよいマーケティング戦略の第一歩になるでしょう。
「富一代」「富二代」そして一般客へと「マネ」ていく
「受け入れ体制」の問題は、何も教養や文化に限った話ではありません。
たとえば、中国の富裕層は日本の有名レストランでも、貸し切りは無理としても、できるだけそれに近い形で食事をしたい。なにせプライベートジェットで来日することが珍しくない人たちですから。
でも、そういうクローズドな空間を整えているレストランはまだ少ないうえに、そもそも予約の電話を入れた時点で、「中国人はお断りです」と言われてしまうことが珍しくありません。これは、富裕層に頼まれて予約を入れたことがある私自身、個人的に何度も体験していることです。
「中国人はマナーが悪く、ほかのお客さんの迷惑になるから」というのが店側の言い分のようですが、日本文化に関心を持つような「富一代」、教養がある「富二代」なら、日本でのマナーをちゃんと理解してくれます。
もし、中国の富裕層が日本でさまざまな楽しみを思う存分味わえるようになれば、そうした層よりも所得は下がるけれど、十分なお金を持つ「プチ富裕層」がそれをマネしようと日本を訪れ、消費します。さらにその後には、ボリュームが最も大きい一般客が、先行した富裕層、プチ富裕層をマネしていく。
日本での旅行消費額が膨らんでいくこんな好循環に向けて、多様化している富裕層の好みに目を向けてみてください。
プロフィール
劉 瀟瀟(りゅう・しょうしょう)
三菱総合研究所 研究員
北京市生まれ、外交学院(中国外務省の大学)卒業後、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行 中国)、東京大学大学院(修士課程修了)を経て、三菱総合研究所に入所。主な専門分野は中国人の行動・意識分析やマーケティング。首相官邸「観光戦略実行推進会議」に有識者として関わる。メディアへの寄稿、テレビ出演多数。