2019年5月25日~28日までの4日間、「令和」初の国賓として訪日したトランプ米大統領。ゴルフ、大相撲観戦、そして炉端焼きなど、盛りだくさんの「おもてなし」でトランプ氏との蜜月ぶりをアピールした安倍晋三首相。
日米貿易交渉を控え、外交の成果はあがったのだろうか。大手新聞の報道(5月28、29日付)から読み解くと、前途多難のようだが......。
「シンゾー、困った。中国が言うこと聞かないんだ」
今回の安倍首相とトランプ大統領の首脳会談、最大の焦点はなんだったのだろうか。「トランプ氏がひたすら訴えたのは、(日本側が)身構えていた自動車ではなく、牛肉や農産品などの関税だった」と、日本経済新聞はまるで会談の席に記者が同席していたかのように書いている。
「『シンゾー、聞いてくれよ。中国は困った。全然言うことを聞かない』。トランプ氏の口をついて出たのはもっぱら対中貿易協議のいらだちだった。『困った』と繰り返すトランプ氏に首相は『日米はうまくいっているのにね』となだめた」
そして、トランプ氏は「米国だけが関税が高くて不利だ」と、環太平洋経済連携協定(TPP)でカナダ産などの牛肉関税が下がったことへの不満をぶつけた。大統領選の予備選・党員集会は今秋から全米を代表する農業州のアイオワ州から始まるからだ。
特に、TPPはトランプ氏にとって鬼門だ。トランプ氏が憎むオバマ前大統領の政治的レガシー(遺産)だからで、トランプ氏はTPPという言葉を聞くたびに強い拒否反応を示す。首脳会談後の共同記者会見で、記者が首相に「米国農産物の関税引き下げはTPP水準が最大限の考えに変わりはないか」と聞くと、トランプ氏が割って入り、「私はTPPとは関係ない! 私は他人がサインしたものに縛られない」と、まくし立てたほどだ。
「トランプ氏が『豚には関税が38%かかっている』と牛肉と間違えて指摘しても、首相は『米国産の牛肉の輸入は増えている』とやんわりと修正しながら日本の貢献を説明した。選挙を控え簡単に譲れないのは安倍首相も同じだ。トランプ氏に対し、安倍首相は冷静に『日本の国会を通るウィンウィンの案を考えよう』と、「国会を通る=参院選後」というキーワードを刷りこんだ」(日本経済新聞)
腫れモノに触るような会談だったようだ。そして、とりあえず参院選後決着に持ち込むことに成功した。
「参院選後」になったことで、逆に恩を売られたかも
しかし、「参院選後」になったことで、逆に恩を売られた形になり、日本は苦しい立場に追い込まれた、と指摘するのは朝日新聞だ。
「トランプ氏は『8月に両国にとって素晴らしいことが発表される』『多く(の成果)は7月の選挙後にまで待つ』とツイートした。政府には(8月合意で一致したわけではないのに)時期を明記されたことに困惑が広がる。トランプ氏が早期妥結を求めるのは、TPPの離脱で米国産牛肉が日本市場で不利な扱いになり、農業界に不満がたまっているためだ。
不利な状況下でも強気を通して脅すのは『トランプ交渉術』の常とう手段。ある経済官庁幹部は、『6月下旬に大阪であるG20首脳会議にある日米首脳会談について、3か月連続で日米蜜月を示す場の予定が、逆にトランプ氏が圧力を強める場に変わりかねない』と危惧する。
日本側に自動車への追加関税や輸出数量規制をちらつかせて譲歩を迫る可能性も残る。日本側が持つ『農業カード』がトランプ氏の暴走を抑えてきたのに、『参院選後』という恩を売られた首相が、参院選後に安易な妥協をすれば、批判は避けられない」
というわけだ。
毎日新聞も「押し込む米、かわす日本」と、今後のトランプ氏の激しい攻勢を警戒する。
「トランプ氏はTPPを考慮しないと言い放った。この後、西村康稔官房副長官は、『(TPPに基づくと書かれた)共同声明の内容を大前提に議論する』と述べるのが精いっぱいだった。共同会見では、首相が『前回の首脳会談から1か月で対米投資は10億ドルも増加した』と日本側の貢献をアピール。しかし、米メディアが首相に自動車の追加関税について質問すると、トランプ氏は『私もその答えを聞きたい』と口を挟んで、けん制した」
と、「おもてなし」への感謝などどこへやら、早くも敵意をむき出しにしたトランプ氏の姿勢を懸念する。
自動車、農産物の陰に隠れる巨額の防衛装備品
読売新聞は社説で、こうしたトランプ氏の要求に日本はキッパリした態度を示すべきだと主張する。
「制裁をちらつかせながら、交渉期限を設けて譲歩を迫る手法は、国際ルールに反しよう。対米輸出台数に上限を設けるといった提案をされても、拒否しなければならない。農業分野でも、TPP合意を上回る市場開放を迫ってくる可能性がある。TPPから離脱した米国が、参加国より有利な条件を得ては筋が通らない。TPPと同水準の合意にとどめるべきだ」
今回、農産物と自動車に焦点が集まったが、じつはトランプ氏が日本に期待したものがもう一つあった。それは米国産兵器の大量購入だ。訪日最終日の5月28日、安倍首相はトランプ氏との締めくくりの舞台として、海上自衛隊横須賀基地の護衛艦「かが」の視察を選んだ。「強固な日米同盟を示す狙いがある」と強調されたが、安倍首相のホンネを日本経済新聞が明かした。
「(農産物や自動車の)日米双方の隔たりは大きく、首脳会談でも着地点は見えない。そこで期待するのが防衛装備品だ。日本はF35戦闘機を将来的に147機体制とする。1機の価格が100億円を超え、追加の購入費は1兆円になる。F35戦闘機はトランプ氏が熱心にトップセールスをかける『主力商品』である。首相がトランプ氏を『かが』に招いた背景には、トランプ氏に高額の調達をアピールする思惑もある」
ちなみに「かが」は、F35戦闘機の配備によって、事実上、専守防衛の憲法では禁じられている「空母化」することになる。
今回、トランプ氏のツイートからハプニングも起こった。「すわ、衆参同日選の思惑を安倍首相はトランプ氏に伝えたのか!」という衝撃が政界に走ったことを各紙が伝えている。
「トランプ大統領が日米貿易交渉に関し、『7月の選挙後まで待つ』とツイートした際、『選挙』を『elections』と複数形で表現したことが波紋を広げている。安倍首相が衆院を解散して『衆参同日選』に踏み切る可能性をトランプ氏に伝えたのではないか」(毎日新聞)
というわけだ。
ただ、参院選は多くの選挙区で行なわれるため、複数形の「s」をつけてもおかしくはない。結局、「うがちすぎだ」(自民党幹部)ということで収まったが......。
トランプ氏「個人的関係と国同士の交渉はまったく別物」と考える
ところで、識者は日米首脳会談の結果をどう見ているのだろうか。タレントのパトリック・ハーラン氏は「選挙後はわかっているな!?というトランプ氏の恫喝」と指摘する。
「トランプ氏の発言で気になるものがいくつかあった。話しぶりから推測するに、選挙までは交渉を控えるが、『終わった後はわかっているな』という言外の意味が読み取れる。日本側には、これだけもてなしたのだから、『今後も無理な要求はしないよね』という期待があるだろう。だが、大統領はまったく逆のことを考えている。今後、日米双方で『わかっているだろうな合戦が始まるかも』」(毎日新聞)
木村福成・慶応大学教授のように、
「トランプ氏が米国産農産物の輸入拡大だけでなく、今後は日本車の輸出規制で『成果』を追及する可能性がある。米韓自由貿易協定の再交渉では、驚くほど早く、韓国が鉄鋼輸出の数量規制などを受け入れた。北朝鮮などの安全保障問題とリンクされて押し込まれたのだろう。日本も安保上、対米関係を良好に保つ必要があり、苦しい立場に置かれている」(朝日新聞)
と、日本苦戦という立場が多いが、細川昌彦・中部大学特任教授のように「日本は急ぐ理由はない」と冷静さを保つことが大切という意見もある。
「仮にトランプ政権が自動車に25%の追加関税を課せば、米国経済も打撃を受ける。トランプ氏は自分の首を絞めることはしないだろう。一方、米国と中国の貿易戦争は今後も延々と続く。トランプ氏の選挙戦にとっては、中国との対立が続いたほうが逆にプラスに働く。米国議会も対中国で強硬姿勢を示しており、安易に妥協すると逆に批判を受けることになる。彼は政治的嗅覚が鋭いので、株価さえ暴落しなければ大丈夫とも考えているはずだ」(毎日新聞)
今回、安倍首相は「抱きつき外交」(朝日新聞)と揶揄されるほど、トランプ氏を過剰にもてなしたが、「まったく効果がない」と冷ややかなのは、トランプ氏をよく知る米ヘリテージ財団上級研究員のブルース・クリングナー氏だ。読売新聞でこう語っている。
「トランプ氏は、個人的関係は国と国との交渉とは全く別物と思っているフシがある。特に貿易問題では、具体的な交渉はほとんど担当者に任せきりのようなやり方だ。いくら安倍首相との関係が良好でも、要求を引き下げるとは思えない」
この4日間の「トランプ狂想曲」は何だったのだろうか。
(福田和郎)