米中貿易戦争は確実に新しいステージに入った。過去5か月、米国側と劉鶴副首相が交渉を進め、150ページほどの合意文章の作成にまで至ったが、突如、中国側は45ページほどの内容をバッサリ切り落としたものを送り返してきた。
これを見てトランプ大統領は激怒、あの温厚なムニューシン財務長官までも中国側に強い態度で臨むことで合致した。
中国、米国との合意内容をバッサリ切り捨て
一方、中国側では、劉鶴副首相を日清戦争の講和交渉時の李鴻章にたとえ、あまりにも米国側に譲歩しすぎており、屈辱的だと批判されたようだ。
多くの中国国民には、アヘン戦争時の不平等条約締結を想起させるようで、これでは中国国内が持たない。そのため、米中の合意内容をバッサリと切り捨てた。
同様のことは、ニューヨーク・タイムズにも掲載されているが、習近平・国家主席は米中貿易戦争を「新しい長征」と発言している。
「長征」(1930年代半ば、毛沢東率いる紅軍・中国共産党が、国民党軍と交戦しながら中国内を移動し続けることで相手を疲弊させる戦略)になぞらえるのであれば、もう安易な妥協などないということだろう。
参考リンク:ニューヨーク・タイムズ2019年5月21日付
金融市場で未だによく見られるのは、過度の楽観だ。依然として多くのアナリストは6月に大阪で開かれるG20 で習近平・トランプ会談が行われ、ある程度の合意に至ると想定している。
なぜなら、中国側が圧倒的に不利な立場に追い込まれることから、中国側はそれを避けようとするだろうと考えられているから。具体的には、中国が米国に輸出している金額が6000億ドルほど。一方、米国が中国に輸出している金額は約1500億ドルだ。よって、お互いが目一杯、貿易黒字に課税したとしても、中国側が持つ弾薬には限りがあるということになる。テレビの解説者は、米国は「余裕綽々」だと解説している。
だが、その見立てはあまりにも短絡的ではないだろうか?
米国につくか、中国につくか「二分される」世界
米中貿易戦争は、そのうち全面戦争の様相を呈するだろう。使える武器は何でも使ってくる。米国マーケットは確かに大きいが、すでに中国は世界最大のマーケットだ。米国企業は、その中国マーケットを失うことになる。たとえば、アップルが中国国内で販売禁止になった場合、アップルの収益はマイナス29%になると、米ゴールドマンサックスは試算している。
今、中国では「抗美援朝(米国に対抗し北朝鮮を支援する)戦争」と呼ばれた、朝鮮戦争を描いた映画がゴールデンタイムに再放映され、人気を博しているようだが、米国製品に対する不買運動も全国各地で始まっていると聞いている。
最近の、米国のファーウェイに対する厳しい態度を見ていると、新しい冷戦が始まらざるをえないと感じさせる。
世界は、中国側に着くか、米国側に着くかで二分されるだろう。境界線上の国々を、自らの陣営に引き寄せる戦いが始まる。韓国は遠くでうるさい、でも民主主義国である米国に付くか、それともすぐ隣の世界最大の市場を持つ国に付くか、選択を迫られることになる。
米国に敵対する国は中国側に転ぶことになる。イラン、ベネズエラ、こういった国々は中国のほうに行くだろうが、それでいいのだろうか。米国は巨大な産油国2つに対する影響力を失うことになる。中国の核の傘に入ると、イランは安心して隣国のイラクに対する影響力を高めてくるだろう。
米中対立だけでない火ダネ
要は米中の和解はなく、両者はぶつからざるを得ない。必然的に金融市場も不安定化するはずだ。
特に中国側は、トランプ氏再選は何としても避けたいだろう。そうなると、もしかしたら中国は金融市場を揺さぶることで、米国を揺さぶってくることになる。米国債を大量に売るかもしれない、というシナリオは過去に何度も言われた。
個人的にはその可能性は低いと考えているが、習近平氏が命令すればそうするだろう。手っ取り早いのは、地政学的いざこざを敢えて作り出すことだ。そうなると、株価は落ちる。
政治的混乱が金融市場を混乱化させる可能性が非常に高い。
この米中対立のみならず、2019年10月にはブレクジットの最終期限が待っている。メイ首相は彼女の稚拙な戦略もあり、ブレクジットを実現することができなかった。これが英国民の怒りを買っている。メイ首相が退陣し、ボリス・ジョンソン氏が新しい首相になる可能性が高まっている。そうなると、ソフトなブレクジットではなく、ハードブレクジットとなる可能性がかなり高くなるだろう。
欧州のほうも、ドラギ総裁の任期がこの秋に終わる。ユンケル委員長も退陣する。新しいリーダーのもとで欧州は再出発するが、リーダーの交代そのものがリスクであることも多い。
米中対立が続けば、中国経済は減速する。そうなると最も影響を被るのは欧州経済だ。新しいリーダーが上手く状況をコントロールすることができるのか、試されることになる。
米中対立、ブレクジット、欧州リーダーの交代。これらが年後半に集中する。市場変動率の上昇は避けられないと見たい。(志摩力男)