日本経済団体連合会の中西宏明会長に続き、今度はトヨタ自動車のトップ、豊田章男社長の口から「これ以上、終身雇用を維持し続けるのは難しい」との発言が飛び出し、大きな話題となっている。
【参考リンク】自工会の豊田会長、日本の終身雇用「守っていくのが難しい局面」(日本経済新聞2019年5月13日付)
筆者が論点を解説した前回の記事も大きな反響を呼んだようで、SNS、リアル共に多くの意見をいただいた。
一方で、いくつか誤解もあるように思う。いい機会なのでまとめてフォローしておきたい。
終身雇用は見直すが解雇規制を緩和するわけではない
もっとも多かった疑問に、「企業が終身雇用を辞めると言っても法律や判例がある以上、すぐには実行できないのでは?」というものがあった。
じつは、経団連もトヨタも「解雇規制の緩和」までは、現段階では想定していないというのが筆者の見方だ。
日本の企業は、従業員の終身雇用実現のためにさまざまな仕組みを作り上げてきた。たとえば、勤続年数に応じて上がる年功賃金や、50歳以降まで在籍すると大きく上がる退職金が代表だ。
そういう「長期雇用優遇制度」をなくすことで、自然に流動性を高めようというのが彼らの意図であろう。
優秀者を囲い込むためには、勤続年数にこだわらずドカンと高年俸をはずむが、そうでない人材には何年勤めても昇給も出世も限定的なものにとどめようということだ。
その結果、それ以上その組織にいるメリットがないと判断した人材は、自発的に流動化することになる。イメージとしては、年功賃金の割合が薄く以前から人材が流動化している小売りなどのサービス業が近い。
製造業の離職率9.4%と比べると、小売業14.5%、宿泊・飲食業30%とサービス業の離職率は総じて高い(「平成29年雇用動向調査結果の概要」より)。これは製造業と違い、サービス業は職人を育てる必要が薄いため、前述のような「長期勤続を促す仕組み」が少なかった結果に過ぎない。
「サービス業化する」と聞くと身構える人もいるかもしれないが、サービス業は以前から中途採用に積極的で、イトーヨーカドーグループのように非正規雇用から店長やマネージャーといった管理職に昇格するキャリアパスが整備されている企業も珍しくない。
少子高齢化で働き手不足に直面する日本にとっては、新卒至上主義の製造業や金融などよりよほど手本とすべき業種だと筆者は考えている。
新卒一括採用や初任給はすでに見直しが始まっている
また、終身雇用を見直すのであれば、新卒一括採用や横並びの処遇も見直さないと、まともな人材が採れなくなるのでは? という質問もいくつかあった。
この点については、すでに昨年(2018年)の経団連による「就活ルール廃止宣言」以降、新卒一括採用見直しの動きは顕在化している。インターンによる優秀な人材の早期採用は各社でスタートしつつあり、新卒採用は二極化しつつある状況だ。
いずれ新卒採用は担当職務を明確にしたジョブ型が中心となり、その動きは組織全体に拡大するだろう。
【参考リンク】仕事は3年1本勝負に ジョブ型採用が変える就業観(日本経済新聞電子版2019年5月13日付 キャリアコラム)
滅私奉公は一部の人に押し付けられる
「終身雇用を辞めるのであれば、それを前提とした転勤や長時間残業といった不利益もなくすべきではないか?」との声も多かった。
筆者自身、そうあるべきだと思う。忙しくなったら素直に人を雇い、田舎で欠員が出れば地元で採用するのが自然だろう。
だが、解雇規制を緩和して文字どおり「終身雇用を全廃」しない以上、その枠組みは残り続け、それを支えるために誰かが残業し、転勤を受け入れねばならない。
というわけで、そうした不利益は「転職できず、会社に『NO』と言えない弱い人間」に押し付けられることになる。
イメージとしては、「終身雇用見直し宣言」のニュース記事に、真っ昼間からアンチコメントを連投しているような暇な中高年社員を思い浮かべるといいだろう。
愛社精神はむしろ高まる
「終身雇用を辞めれば、日本が世界に誇る愛社精神が損なわれる!」と危惧する声も2、3あった。
これはそもそも前提条件が間違いで、実際は「日本人の愛社精神=仕事へのコミットメントは世界で稀に見る低さ」である。
【参考リンク】「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査(日本経済新聞2017年5月26日付)
こうなってしまう理由はシンプルで、多くの人が会社から与えられた仕事と自分のやりたい仕事の間にミスマッチが存在するためだ。
最低でも部長以上にまで出世していれば「今の仕事は最高だ。生まれ変わってもまたこの会社で働きたい」と思えるようになるかもしれない。でも、そうではない大多数の人にとっては、目の前の仕事は会社から押し付けられたものにすぎず、処遇も含めもっと他に希望の職が存在するに違いない。
そういう意味では、終身雇用を辞めて、各人がより自分に相応しい職探しを始めることは、長い目で見れば、むしろ日本人の愛社精神の底上げにつながるだろう。(城繁幸)