個人データが社会を救う
被災地の方々の尊厳が研究や論文という大義の前に損なわれてはいけないのは、当たり前のことです。しかし一方で、被災地において敢えてリスクを負った研究者の尊厳が損なわれることも、また、あってはならないと思います。
そして、前述のようなリスクがあってもなお、被災地の情報を広く共有することは重要だというのが私の意見です。住民の方から提供いただいた情報を用いた論文は、時に世界の人々を救う糧ともなるからです。
災害は緊急事態ですが、決して稀な事態でありません。特に日本は先進国有数の災害大国です。2018年の大阪北部地震、「逆走」台風(12号)、広島県の土砂災害、北海道胆振東部地震などを見ても、災害時の情報は全国各地で、いつ必要となってもおかしくないということがわかると思います。
つまり、災害時の情報、特に医療情報を広く共有することは、未来の多くの方々を救うための「史料」とも言えるのではないでしょうか。
インターネットやSNSの普及による「情報革命」の後を生きる私たちは、日常生活において常にデータを作りながら生きています。ツイッターのつぶやきや検索履歴、クルマや電車での移動情報、カードを用いた買い物情報、詐欺の通報情報など、一つひとつの情報は、時に悪用されるリスクを抱えつつも、より便利な社会を作ることに役立っています。それは医療情報も例外ではありません。
かつて医療情報は、患者さんと医療者の一対一の対話にのみ用いられる記録であったかもしれません。しかし、今その一人ひとりの情報が、より遠い未来の、より広い社会に貢献できる世界が生まれつつあります。
個人情報は厳密に守られるべきものであり、情報セキュリティを確保することは情報共有のうえで必須です。そのうえで皆が自分の情報を持ち寄ることで、災害に強い未来の社会を築くことが大切なのではないでしょうか。
なぜ、情報提供に納得できない人がいるのか――。ある個人情報の利用が、どのような点で法的に問題となるのか、あるいは社会的に批判されるのか。私たち皆が個人情報の「生産者」として、その点をしっかりと考えていかなければならない時代なのだと思います。
次回は、個人情報を取り扱う場合に、病院や自治体などがどのようなルールに従わなくてはいけないのかを解説しようと思います。(越智小枝)
地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。