リスクはゼロじゃない! 「意味不明」な主張で国際競争に出遅れるニッポンの未来(小田切尚登)

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   日本人は完璧主義であり、「石橋を叩いて渡る」のが美徳とされる。この慎重な姿勢が、良質な製品のモノづくりを可能にし、日本経済の発展に大きく寄与した。

   しかし、過度な完璧主義には弊害が大きい。完璧でなければならない、というプレッシャーが強すぎると、人々はチャレンジをしなくなり、社会は停滞していく。

   手術に失敗はつきものだし、交通事故はゼロにはならないし、政府の政策は間違える...... 人間はさまざまな失敗を重ねて、問題を修正していくことによってのみ成長する。失敗を回避することを最重要と考える社会に未来はない。

  • 考えに考え抜いても……
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中国の強さのヒミツ

   お隣の中国では、リスクに対する考えが日本とはかなり異なる。そこでは遺伝子治療でも、キャッシュレス化でも、AIでも、新しい技術をどんどん試していって少しでも早く実現しようとする姿勢がうかがえる。

   新しい技術がもたらす利便性は非常に大きいので、リスクがあったとしてもできるだけ早く技術を活用すべき、という発想だ。

   たとえば、中国では世界で初めて遺伝子を組み換えした赤ちゃんをつくり出したという報道がなされた。これは親のHIVウィルスを、子供に感染させないための措置であったという。

   これを「神をも恐れぬ行為だ」と非難することは簡単だ。しかし、自分の子供が遺伝により重篤な病気に罹る恐れがあるとわかれば、親がこのような措置を望むのは当然ではないか。医者が患者の望みを何とか叶えたいと考えるのも理解できる。日本でも、出生前診断でダウン症などが見つかったら、少なくない親が中絶の道を選ぶという。

   「だから問題ない」というわけでは、もちろんない。遺伝子組み換えは、非常に危険な技術だ。ほとんどの学者はゲノム編集に反対している。これが進むとアインシュタインやモーツァルトのような天才や100メートルを9秒で走れる人間をつくろう、といった動きが出てくる可能性がある。医者が行ったのは明らかに越権行為なのである。

中国がやらなければ、他国がやるだけ

   ただ、核兵器の例からもわかるように、人類が新しいテクノロジーを手にすれば、世界の誰かが、それを試すようになることは避けられない。

   中国がやらなければ、他の国が行うだけだ。中国でDNA編集による治療が行われば、たとえ日本で禁止したとしても、中国に行ってDNA編集の治療を受けようとする人も出てくるだろう。

   中国がゲノム編集の研究、そして臨床をどんどん進めていけば、当初はさまざまな問題が起きるとしても、何十万人、何百万人の人が健康な生活を送れるようになる可能性がある。

   そうなれば結果オーライということになり、それを禁止する大義も失われていくかもしれない。諸外国が手をこまねいているうちに、中国では臨床実験を積み重ねてノウハウをつけ、ゲノムの分野では中国が世界で圧倒的な地位を得る、というシナリオも考えられる。

   そうなってから後悔しても遅い。

なぜ、新幹線は「死亡事故ゼロ」にこだわるのか

   新幹線の技術も、日中で対応が分かれてきたものの一つだ。新幹線は戦後日本を代表する素晴らしい技術の一つである。しかし、今や中国が高速鉄道の世界シェアの3分の2を有しており、圧倒的な立場にある。

   日本でも「新幹線を輸出の柱に」などという掛け声は聞こえるが、実際には国際展開は非常に遅れている。これは予算の制約などと並んで「新幹線は死亡事故ゼロでなければならない」という目標を掲げていることにその一因がある。

   事故を最小限度にとどめる努力は続けなければならないことは言うまでもない。しかし、どんなものでもリスクをゼロにはできず、事故はどうしても起こり得る。

   カネと時間は有限である。「死亡事故ゼロが目標なので、莫大な費用と長い年月がかかりますよ」と言われて、今まさに新幹線が必要な人が納得するだろうか。

   そもそも在来線では死亡事故は起きているのに、新幹線だけは死亡事故をゼロに、と主張するのも意味不明だ。

   新しいものを導入しようとするときは、今まで経験したことのないような色んな問題が起きる。それに対してやみくもに突き進んでいくようなやり方は論外であるが、一方で日本式に「ゼロ・リスク」を目指すというやり方では物事が進まない。

   実験を開始してから半世紀以上経過して未だに実用化のめどが立っていないリニアモーターカーなどその典型だ。

   リスクはゼロにできない。適度にリスクを取りながらリターンの最大化を狙っていくこと。これができるかどうかが、日本の将来を決めるのではないか。(小田切尚登)

小田切 尚登(おだぎり・なおと)
小田切 尚登(おだぎり・なおと)
経済アナリスト
東京大学法学部卒業。バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバなど大手外資系金融機関4社で勤務した後に独立。現在、明治大学大学院兼任講師(担当は金融論とコミュニケーション)。ハーン銀行(モンゴル)独立取締役。経済誌に定期的に寄稿するほか、CNBCやBloombergTVなどの海外メディアへの出演も多数。音楽スペースのシンフォニー・サロン(門前仲町)を主宰し、ピアニストとしても活躍する。1957年生まれ。
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