企業がSDGs(持続可能な開発目標=Sustainable Development Goals)を導入するための指針、「SDGsコンパス」がある。(1)SDGsと17の目標、169の取り組み項目とこれらの構造を理解すること(2)自分たちの事業と17の目標の関連性を洗い出すこと(3)重点政策を選ぶこと(4)目標(ゴール)を決めて進度を管理すること。最後に(5)その取り組みの成果を、広く伝えること――の5つのステップだ。
企業のSDGsの取り組み促進を提唱する伊藤園の前顧問でCSR/SDGコンサルタントの笹谷秀光氏に、企業の取り組みの進捗状況を聞いた。
SDGs「実装元年」から、2019年は「経営元年」に
―― 笹谷さんは、2018年を「SDGs実装元年」とおっしゃっていました。今、日本の企業は「5つのステップ」の何段階目にいるのでしょうか。
笹谷秀光氏「『実装』の意味は、実際にSDGsを経営の中に取り入れたり、事業に紐づけたりするという意味ですけれど、今年はいよいよ、『SDGs経営元年』になりました。『経営に活かせ』という時期で、5つのステップの4段階目に入ってきています。経営の中に取り込む、経営戦略に組み込むところまで、一気に進むのではないかと思っています。実際に、経営に活かす事例がいっぱい出はじめているところです」
―― そのあたりを、もう少し教えていただけますか。
笹谷氏「企業の多くは、自分たちの事業とSDGsの『17の目標』とを紐づけしています。たとえば、サプライチェーン。調達、製造、販売という一つのビジネスの流れのそれぞれにSDGsとの紐づけとマッピング(ロードマップを作る作業)によって、弱いところは補強して、強いところは発信していくというところを整理しています。少なくとも上場企業は、この2段階、3段階目を終えつつあります」
―― 伊藤園のケースで、具体的に教えてください。
笹谷氏「伊藤園は、第1回(2017年度)「ジャパンSDGsアワード」(事務局:外務省)の特別賞「SDGsパートナーシップ賞」を受賞。その事例ですが、これはいろいろな社会的な課題に対して応援する取り組みです。調達段階では、お茶の産地の応援のために農家や行政と組んで耕作耕地などを活用した『茶産地育成事業』に取り組んでいます。これは伊藤園が農家からお茶を全量買い上げるという仕組みでして、調達の一部をそのように対処しています。この事業はSDGsの目標の2『飢餓をゼロに』に当たります。
また、緑茶製品の製造段階で茶殻がいっぱい出ますよね。その茶殻をリサイクルする『茶殻リサイクルシステム』を確立し、茶殻を段ボールや紙、樹脂に漉き込むことでリサイクルして使えるようにします。この仕組みで、SDGsの目標の12『つくる責任、使う責任』に取り組むわけです。
緑茶の成分であるカテキンの研究を深めることは目標の3『すべての人に健康と福祉を』に該当しますし、長年『おーい お茶新俳句大賞』を実施していまして、すでに応募累計3000万句を超えています。その8~9割は生徒、学生からのエントリーで、学校現場にも好影響があります。俳句という文化に貢献するので、これは『質の高い教育をみんなに』の目標の4に当たります。
伊藤園の事業はSDGsとの関連がとてもわかりやすいので、それぞれの部署の人たちが自分の部署はSDGsの、この目標に関係があるんだ。お互いの部署はそういうことに取り組んでいるのかと、会社全体がSDGs化するわけですね。
SDGsの理解を自分で紐づけて、会社全体がSDGs化、言い換えれば、持続可能な考え方で生産や消費している会社ということをアピールできます。そうなると、これは企業のブランディングにも使えるわけです」
―― なるほど。これなら、自分がSDGsの何番の仕事をやっているのかということはっきりしますね。しかし、それでもサービス業の会社などはわかりづらくないでしょうか。
笹谷氏「そうですね。モノづくりの企業のほうが見えやすく、わかりやすいと思いますが、サービス業もほぼ同じですよ。どんなサービスを用意するか、どんな人で行うか、どこでどのような提供方法をとるか、アフターサービスはどうするか、といった『サービスのサプライチェーン』がありますので、それぞれ自分の持ち味を活かして、それぞれ社会課題との接点を見つけてサプライチェーンをマッピングしていけば、製造業と同じように目標が明確になっていくと思います。
それに、たとえば働き方(目標8:働きがいも経済成長も)の目標は、製造業もサービス業もありませんから、やらざるを得ない目標もあります。なので、いわゆるブラック企業は、おのずと排除させられることになりますね」
SDGsは一過性で終わらない
―― たしかにSDGsが会社の中に浸透していけば、一過性のブームのように終わってしまうことは避けられますね。むしろ、どこの会社でも取り組むようになるので、それが当たり前になってしまいます。
笹谷氏「おっしゃるとおりですね。日本のような先進国はもともとSDGs国なんですよ。昔から自分良し、相手良し、世間良しの『三方良し』がありました。この『世間』のところがSDGsの『17の目標』だと思えばいいわけです。もともとマインドがあるんでね。
でも、そう言うと『じゃあ、もともとあるのならいらないじゃないか』と思うかもしれません。でも問題は、日本では徳と善いことは黙ってやれという『陰徳善事』がありまして、わかる人にはわかるとか、お天道様は見ているとか言う。しかし現実には、ここが意外に伝わっていないんですよ。
欧米の企業はそこの伝え方がうまいですね。だから日本の企業はせっかくいいことをやっても伝わらない。伝わらないと、二つの問題があります。まず仲間が、ファンが増えない。そして、仲間が増えないのでイノベーションが起きない。変化が激しい時代に、これは大きなダメージで、そのために事業が縮小していく。だから、日本は『三方良し』に発信力さえつければいいと思っています。それが企業のブランディングにつながるはずです」
―― 政府はTOKYO2020を、「SDGs五輪」とうたっています。
笹谷氏「SDGsはみんなで共同して、連携するプラットフォームであることが1点。価値を創造し、そのことを学んで発信力がつくことが2点目。3点目は共創力で、非常に重要な活動です。
それゆえ、世界中でやるべき。しかし『17の目標』のすべてに取り組む必要はありません。自分の得意なところだけでもいいんです。やり方は自由なので、そこは『規定演技』としてこなしてください。
日本企業の現状は、もうそろそろ規定演技も終わって、次は自由演技の時間ですよ、と。SDGsを使って自分の企業はどのように未来を描くのか、どのように社員にモチベーションを高めるのか、のびのびと自由に演技して世界に打って出るという意味で、自由演技時代にもう間もなく入ります。演技を見せる場もあります。ここの見せどころが、東京五輪・パラリンピックなのです。
開幕まで、もう500日になりました。一刻も早く、日本人は頭をSDGsにしていかないと間に合いませんので、私はいろんなところで『一刻も早くやりましょう』と伝えて回っています。最近は賛同者が増えてきています。日本人は学びはじめると早いですよ」
(おわり)
(会社ウォッチ編集部)
プロフィール
笹谷 秀光(ささや・ひでみつ)
CSR/SDGコンサルタント、社会情報大学院大学 客員教授
1976年東大法卒。77年に農林水産省入省。2005年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て、08年に退官。伊藤園入社。10〜14年取締役、14〜18年常務執行役員。18年5月から伊藤園顧問。19年4月30日、退任。
19年4月から、社会情報大学院大学客員教授。
31年間の行政経験と10年のビジネス経験を活かし、企業の社会的責任、地方創生などのテーマを考える。特に企業ブランディングと社員士気の向上を通じて企業価値を高めるための理論と実践について、アドバイザー、コンサルタント、講演などを幅広くこなす。