クリエイティブディレクターでグラフィックデザイナーの佐藤可士和さんは、「ユニクロ」「楽天」「セブン-イレブン」のブランディングを指揮。瀕死の状態だった「今治タオル」ブランドを、V字回復に導いた。その手法や手腕への評価は高まり、活躍の場はいまでは、幼稚園や大学、病院など社会施設にも広がっている。
『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』(佐藤可士和著)集英社
「神さまみたいな存在」と村井純教授が招聘
美大でグラフィックデザインを学び、大手広告代理店でアートディレクターとして活躍、デザインの世界を「トータルディレクション」に高め、その方法論を究めようと独立した可士和さん(本書では、そう呼ばれることが多い)。その先進性に、慶應義塾大学教授で「日本のインターネットの父」ともいわれる村井純さんは「神」を見たといい、可士和さんに特別招聘教授として慶大での授業担当を依頼し実現したのが、本書のサブタイトルになっている「未踏領域のデザイン戦略」という講座だ。
「未踏領域のデザイン戦略」は、2012年に慶應大湘南藤沢キャンパス(SFC)で開講。24人の履修募集に対して、毎回100人以上の応募があるため選抜試験が行われる。授業は毎年6~7月に週1日、1回に2コマを使って7週間でフィニッシュとなる集中講義だ。本書「世界が変わる『視点』の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略」は、その人気授業を書籍化したもの。加えて、デザインについての新しいとらえ方を論じたパートが設けられている。
授業では24人の学生を6人ずつの4チームに分け、共通のテーマについて、それぞれ課題を設定し、デザインの力で何ができるかディスカッションを重ね、7週目の授業で最終発表を行う。
「未踏領域のデザイン戦略」というタイトルは、村井教授によるネーミング。本書の「巻頭言」で、村井教授は、かねてよりコミュニケーションのなかでの「デザインの可能性」に関心を寄せていたが、社会的にはそれほど意識されていないことが気になっていた。そこで、デザイナーがまだ意識して取り組んでいない対象を「未踏領域」と名付け「それを大学の授業で挑戦したら、おもしろいのではないかと発想した」という。
可士和さんを講師に据えたのには、こういうわけがある。「可士和さんは、時代を代表する広告キャンペーンやブランディングを数えきれないほど手がけておられる。そのアプローチは革新的、本質的で、デザインだけでなく、たぐいまれなビジネスセンスをもって、『デザイン』と『社会』をブリッジさせている。私にとってはクリエイティブ界の神さまみたいな存在」だった。
第1回のテーマは「防災のデザイン」
12年の第1回、13年の第2回の講座ではともに東日本大震災をうけて「防災のデザイン」をテーマにしたが、それは可士和さんが開拓を続けるデザイン戦略にとっても「未踏の領域」。震災当時は、物資が緊急に必要とされていたものだが「自分のスキルがダイレクトに役立つ場面をなかなか見つけることができなかった」という経験から選んだものだ。
「どの災害でもそうだが、それが現実に起こるまで、人の意識にはのぼりにくい。だとしたら、災害の前段階にある人々の意識をデザインし、被害を最小限にすることはできないか、そんな気持ちで『防災』をテーマに選んだ」と可士和さん。
2014年の第3回から18年の第7回までのテーマは順に「オリンピック・パラリンピックのデザイン」「キャンパスビルドのデザイン」「強靭健康社会のデザイン」「本当の平和のデザイン」「無二の私の幸福のデザイン」―。毎年、可士和さん、村井教授を含めた教員チームが集中的なブレインストームを経て設定しているという。テーマを見ただけでは何をどうすればいいのか見当がつきかねるだけに、プレゼンの実例に接するソリューションは新鮮だ。
可士和さんは、わたしたちは今、100年に1度くらいの大きな変化の中を生きているという。その中心にあるのは「インターネット革命」であり、その登場を境に「それまでとはまったく違うチャンネルが開いて、向こう側に新しい世界が出現した」と述べる。インターネットは、コミュニケーションのあり方を劇的に変え、デザインが大きく関与できる余地が生まれた。その推進力になったのは「デザイン」をコミュニケーションに応用したことだった。
インターネット時代はさらに進んでスマホが主役。コミュニケーションは多彩なSNSが役割を増している。「いいね」をもらうにも、デザインがモノをいう。本書には、デザインに役立つ新しい「視点」を見つけるためのヒントが散りばめられている。
『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』
佐藤可士和
集英社
税別780円