ポケモンや宮崎作品で弾み
日本の文化外交といえば、伝統文化が中心でポップカルチャーは「格が低い」とみられていたものだが、ポケモンや宮崎作品のほか現代美術家、村上隆さんのポップアートが海外で高い評価を受けるなどクール・ジャパンの具現化が続き、2000年代に入ったからは「日本の経済振興やいわゆる『ソフトパワー』醸成の手段として重要視されるようになった」という。
ある国固有の伝統文化はその芸術的価値をアピールすることで、よその国でも受け入れられることは考えられる。だが「クール・ジャパン」の認知が世界で広まっても、ポップカルチャーではそうは簡単に広がりを得られないはず。そう考えた松井教授は、日本のポップカルチャーのなかでも、輸出には向かないとみられるマンガを例に、米国でのマーケティングをみたものだ。
「本書が着目する『マンガ』は、ほぼ日本の国内市場で消費される形で創造され販売されてきたドメスティックな文化製品である。そうであるがゆえに、単に翻訳すれば別の国で売れるというほど話は簡単ではない」。たとえば、学園ものでは「先輩」「後輩」の関係がしばしば描かれるが、その観念がない米国人読者にどう翻訳するのか。『美味しんぼ』で登場する料理はどう説明すべきなのか。『ちびまる子ちゃん』で描かれる少し前の時代の日常は理解されるのだろうか。
ちょっと考えただけでも、これだけの「文化的障壁」が浮かぶマンガの米国輸出だが、米マンガ市場の規模は本書によれば、2002年には6000万ドルだったものが、07年には2憶1000万ドルに急成長。その後、リーマンショックなどにより落ち込んだが12年からは成長に転じている。
本書では、日本のマンガが米国市場に進出するために欠かせなかったイメージについての管理(スティグマ・マネジメント)や、年齢レーティングを慎重に重ねていった経緯や、日本系のアニメが実は1970年代にマーベル・コミックから出版されており、アメコミ文化のなかにも日本産マンガをめぐるビジネスの萌芽があったことが報告される。
また、日本の右→左のページ順を反転印刷して出版することから、右利きの主人公が左利きに描かれてしまったことや、たばこがタブー視されたことから、喫煙シーンでたばこだけがカットされる不自然なコマが出現したエピソードも紹介されている。
興味深かったのは、米国でもヒットした「らんま1/2」などの作者、高橋留美子さんが米国に招待されたときの様子。日本では人が集まりすぎるのでサイン会などができないのだが、米国ではその不満を解消するかのようにファンとの交流を楽しんでいたという。高橋さんの作品はどれも人気が高いが、米国でもなかなか軌道に乗れなかった日本系出版社の救世主的存在になったという。
「アメリカに日本のマンガを輸出する ポップカルチャーのグローバル・マーケティング」
松井剛著
有斐閣
税別2600円