過信やおごりが判断を鈍らせる
もし、イチロー選手が会長付特別補佐の肩書を与えられた段階で現役にこだわるなら、その肩書を拒否し、自由契約を選択して他球団への移籍を模索することもできたでしょう。大リーグでの現役継続が難しいなら、日本に戻って年俸を下げてでも現役を続ける道もあったかもしれません。
しかし彼の決断は、球団の申し入れを受け入れることでした。報道によれば、近年著しく落ち始めた彼のパフォーマンスによほどの改善が見られない限り、来シーズン(2019年シーズン)の日本での開幕シリーズをもって引退するということが、すでにその段階で提示されていたそうです。
かくして、イチロー選手は今シーズン開幕2試合を、日本でプレーしての引退発表となったわけですが、注目すべきは自分の置かれた状況に対する客観性を失わない冷静な判断と潔い決断です。
イチロー選手ほどの超一流選手になると、自己に対する過信やおごりから客観的に自分を見ることができなくなりそれが判断を誤らせることにもなるものですが、彼にはそれが微塵もなく客観的かつ冷静な判断をもって、美しく潔い引退を決断したと思います。
これは経営者にも相通じる大切なことです。社長という組織内での絶対的地位に惑わされて、自分勝手な考えに固執しすぎたり、客観性を失ってしまったり。そんな経営者を私も何人も見てきています。会社を大きくできない、経営に対する求心力に乏しい、そんな会社では必ずや経営者の誤った独断専行があるものなのです。
決めたことは愚直に続けること、客観性を失わないこと、潔く非を認めること、そして付け加えるなら経営者としての引き際も客観性をもって潔くすること。超一流スポーツ選手であるイチロー選手の引退に、ジャンルを問わぬ一流の条件を教えられる思いです。(大関暁夫)