海外旅行に新車の購入、有名ブランド品にディスコダンス......。バブル期の若者は消費活動が旺盛で青春を謳歌したが、今の若者はおカネがなくてモノをあまり買えず、かわいそう――。
こんなイメージがあるが、とんでもない。じつは、今の若者のほうがバブル期の若者より「お金持ち」で、お金を使わずに楽しめる術を心得ているという、意外な報告が発表された。
「生活の満足度」は若い人ほど高い
このレポートは、2019年3月22日にニッセイ基礎研究所のウェブサイトに発表された「経済不安でも満足度の高い若者 目先の収入はバブル期より多い、お金を使わなくても楽しめる消費社会」。生活研究部主任研究員の久我尚子がまとめた。
まず、図表1を見てほしい。これは内閣府の国民生活世論調査から作成した「現在の生活に関する満足度」調査だ。満足度の中には所得・収入、資産・貯蓄、食生活、住生活、レジャー・余暇生活などが含まれる。10代後半~20代(83.2%)、30代(78.9%)の若い人ほど満足度が高く、50代~60代が低いことがわかる。
J-CASTニュース会社ウォッチ編集部の取材に応じた久我尚子さんは、こう語る。
「今の日本では、若い世代ほど経済状況が厳しいと言われているのに、若者の生活満足度が高い。特にバブル世代が含まれる50代を上回っています。このギャップには何があるのかと疑問に思ったのが調査のきっかけです」
調査対象者の「若者」は35歳未満の未婚者とした。今の若者は、どのような時代に生まれ育ってきたのか。それを、日経平均株価と流行語の推移でふり返ったのが図表2だ。1989年(平成元年)生まれの今年(2019年)30歳を追っていくと、生まれた直後にバブルが崩壊。流行語には「複合不況」「就職氷河期」などが登場する。失われた10年が過ぎると状況はさらに厳しくなり、「格差社会」「ネットカフェ難民」「派遣切り」などが並ぶ。2008年にはリーマン・ショックが、2011年には東日本大震災が日本を襲った。
「アベノミクス」以降はようやく株価が上向き、日本人が消費したものではないものの、「爆買い」「インバウンド」という明るい言葉が並ぶようになった。その一方で、進化し続けたのが情報通信の領域だ。「インターネット」「iモード」「ブロードバンド」「iPad」「スマホ」「ソーシャルメディア」「インスタ映え」が登場し、技術革新が現在も続いている。
若者が自由に使えるカネは中堅クラスより多い
久我さんは、こう指摘する。
「消費行動の価値観は、アルバイトでお金を使う楽しさを知り始めた学生時代や、社会人になった時期の社会環境に影響されます。今30歳の価値観が形成されたのは、景気低迷が続く一方、技術革新で世の中が格段に便利になった時期です。こんな中、節約志向と同時に、情報通信領域などを使って『お金を使わなくても楽しめる』という価値観が形成されていったと考えています」
世間では「今の若者はお金がない」というイメージが強い。たとえば、観光庁と日本旅行業協会2019年3月、20歳の若者200人をタダで海外旅行に行かせるプロジェクトを始めた。最近の若者が外国に行かなくなり、このままでは日本人の海外旅行がジリ貧になる危機感を抱いたためだ。その際、観光庁が若者の海外旅行を敬遠する理由のひとつに上げたのが「おカネがない」だった。
久我さんは、
「今の若者は、景気低迷の中に育ちながら目先の収入が案外ありますから、観光庁の『おカネがない』という認識は誤っています。統計を見ると、若者の可処分所得はバブル期よりも増えているのです」
と指摘。次の例をあげた。
総務省「全国消費実態調査」で、バブル真っ盛りの1989年と2014年の30歳未満の単身勤労者世帯の可処分所得(収入から税金や社会保険料などを引いた手取り)を比べると、男性は18.4万円から23.0万円(4.6万円、12.2%増)に、女性は16.4万円から18.3万円(1.9万円、0.5%増)に増えている=図表3参照。背景には、初任給が増加傾向にあることと、大学進学率が上昇して初任給の高い大学卒が増えたことがあげられる。
さらに、今の若者の可処分所得は家族世帯の大人よりも多いのだ。家族2人以上の勤労者世帯の大人1人当たりの可処分所得は、35~44歳の中堅クラスで平均18.7万円だ。これは、30歳未満の単身勤労者の男性よりも4.3万円も少ない。家族世帯では、この中から教育費などを捻出するから大変だ。一方、今の若者は、結婚しない人が増え、初婚年齢が上昇しているから、さらに自由になるお金が増えることになる。
しかも、今の若者はお金を使わなくなっているから、貯蓄額が多くなっている=図表3参照。男性では1989年の138万円から190万円に、女性では132万円から149万円に増えた。なぜ、お金を使わず、貯蓄に回すのだろうか。
久我さんは、
「若い世代ほど将来の見通しが立ちにくいからです。非正規雇用者が増え、正規雇用の賃金カーブも下がっています。少子高齢化による社会保障の不安もあります。倹約するしかないのです。当研究所の調査では、若者は『ものは買うより、できるだけレンタルやシェアで済ます』『計画的な買い物をする』『毎月、決まった額の貯金をする』『おサイフケータイを使い、買物やポイントサービスを利用する』といった堅実な消費態度をとる傾向が高いのです」
と説明する。
また、お金の使い方もバブル期と変わってきた。若者の関心は、クルマや家電製品、ファッションといったモノではなく、通信やサービスに移った。消費者庁の「消費者意識基本調査」によると、「スポーツ観戦・映画・コンサート鑑賞」に支出する割合は、15~19歳(34.6%)が最も高く、20代(26.6%)が続く。一方で30~70代は15%以下だった。
節約志向が高い若者におカネを使わせる方法は?
こうした節約志向が高く、堅実で、お金を使わなくても楽しめる術を身に着けている若者に、消費の意欲を高めてお金を使わせるにはどうしたらいいのだろうか。
久我さんは、こうアドバイスする。
「若者がお金を使わないことは、悪く取られることが多いですが、消費社会の成熟化や技術革新の恩恵を受けた結果ですから、必ずしも悪いことではありません。しかし、将来に明るい見通しが立てられないために節約している点は、やはり課題を丁寧に解決していくことが大切です。若者が、堅実な消費態度を持ちながらも、ちょっとした贅沢を楽しむようになるかもしれません。
それには長い時間がかかります。400万円以上の年収が高い若者は、こだわりのあるものにはお金を使う高級志向を持っているので、その部分を刺激するとよいと思います。ただし、単にモノを訴求しても響きませんので、たとえば自動車なら、キャンプへ行くことが好きな若者に移動手段としての便利さ、快適さの訴えるといったことになります」
(福田和郎)