育児休暇の延長に必要な保育所の「落選通知」を入手するため、入所が内定しても辞退したり、あえて競争率の高い保育所に申請したりする「落選狙い」が問題になっている。
政府はこうした「落選狙い」対策のため、市区町村が入所申請者に「入所本気度」を確認する方法を導入する方針。しかし、根本的な解決にならないという批判の声も上がっている。
そんななか、「落選狙い」について、働く女性に意見を聞く調査がまとまった。6割以上が「いまのルールが問題だ」と指摘。政府の対策に、正社員の女性の4割以上が「適切と思わない」と批判的だった。
世田谷区では「落選狙い」が待機児童数の4割に匹敵
この問題が起こったのは、2017年10月のこと。育児・介護法の改正で育児休暇が最長2年まで延長できるようになったため、とされる。ただし、延長には保育所に入れないなど特別の事情が条件となるため、入所選考に落ちたことを証明する「保育所入所不承諾通知書」、いわゆる「落選通知」が必要になる。
このため入所申請の際に最大5つの保育所を申し込めるのに、競争率の高い園を一つに絞ったり、自治体の窓口で「入所が難しい保育所を紹介してほしい」と頼んだり、インターネット上で「落選の仕方」を伝授するサイトが設けられたりした。
日本で最も待機児童が深刻とされる東京都世田谷区では、2018年に約500人の「入所内定辞退者」が出ているが、区が調べたところ、そのうち推計で延べ190人が最初から「落選狙い」の可能性が高いことがわかった(毎日新聞東京版2018年9月6日付)。保坂展人区長は「(育休延長を希望する)保護者を批判すべきではない。問題は国の育休制度にあり、改めるべきだ」と指摘した。
世田谷区の待機児童は486人だから、「落選狙い」の子どもはその39%に匹敵することになる。
「落選狙い」家庭の子どもが入所選考に通り、逆に「入所希望」の子どもが落選するなどの混乱が増えているため、自治体側が政府に対策を求めた。
厚生労働省は2018年10月、保育所の入所申込書に「落選狙いかどうか」を判断できる記載欄を設ける改革案を発表した。「保育を希望するが、落選した場合は育休延長も可」などのチェック項目を設け、「入所本気度」が低い人には希望通り「より落ちやすく」するという。2022年度の入所募集から導入する。
こうしたことから、主婦に特化した就労支援サービスを展開するビースタイルの調査機関「しゅふJOB総研」が「『落選狙い』の意識調査」をまとめた。インターネットを通じて働く主婦層650人から回答を得て、2019年2月28日に発表した。
「落選しなければ育休延長できないルールが問題」
まず、「育休をとるとしたら2年まで延長したいと思うか」を聞くと、「保活(保育所への入所活動)の結果に関係なく思う」と「保活がうまくいかなければ思う」を合わせて55.6%の人が「思う」と答えた。「思わない」と答えた人は13.5%だけだった=図表1参照。育休をとるなら2年とりたい人が6割近くいるわけだ。
次に「『落選狙い』が起きていることをどう思うか」(複数回答)を聞くと、「落選しなければ育休延長できないルールが問題」とする人がトップで60.2%、「本当に保育所に入りたい人に迷惑をかけている」(47.2%)、「自治体が保育所を十分提供できていないことが問題」(31.7%)などと続いた=図表2参照。6割の人が「落選狙い」もやむなしという見方のようだ。
また、政府の「落選狙い対策は適切と思うかどうか」を聞くと、「適切と思う」とする人が30.8%、「適切と思わない」とする人が27.8%と、ほぼ賛否両論が拮抗した。しかし、この回答を「正社員」と「非正規社員」(パート・アルバイト・派遣社員)に分けて分析すると、正社員は「適切と思わない」が43.6%(『適切と思う』が28.8%)と批判的な人が多くなった。一方、非正規社員は「適切と思わない」が26.0%(『適切と思う』が30.5%)と容認する人が多くなり、真逆な結果となった=図表3参照。
この意識差はどういうことだろうか――。J-CASTニュース会社ウォッチ編集部の取材に応じた「しゅふJOB総研」の川上敬太郎所長はこう説明する。
「正社員と非正規社員の間に、育休取得自体に対する温度差があるのかもしれません。『育休をとるとしたら、2年まで延長したいと思うか』という質問の回答を比べると、正社員で『思う』と答えた人は60.3%、一方、非正規社員は52.9%と差がありました。
差が生じている原因として考えられるのは主に三つです。(1)正社員のほうが長期就業を前提に働いている人の比率が高い(2)正社員のほうが1年以上雇用されているなど育休取得要件を満たしている人の比率が高い(3)正社員でないと育休取得できないという誤解が非正規社員にある。実際には、パート・アルバイト、派遣社員でも要件を満たせば取得可能なのですが......。
こうしたことから、あくまで推測ですが、正社員は育休延長志向が高く、育休延長したい人は、わざわざ『落選通知』をもらわなければならない仕組みそのものを変えてほしいという人が多いのだと思われます」
女性活躍推進自体が女性活躍のネックになるジレンマ
調査では、政府の対策に「賛成」「反対」それぞれの意見をフリーコメントで聞いている。賛成する人の意見はこうだ。
「公的なお金がかかわるので公平性が必要だ」(50代、在宅ワーク)
「卑怯な方法に対する妥当な対応だ」(50代、派遣社員)
「本当に保育を必要としている人が当選する確率が上がる」(40代、パート)
一方、批判的な意見の人の声はこうだ。
「保育園に落選した証明がなくても、育休を2年まで自由に取れるようにすれば、落選狙いがなくなる」(30代、正社員)
「希望する時期に復職できるよう保育所全入を保証してほしい」(30代:正社員)
「正直者がバカを見そう。育休延長が可能かどうか確認する公平な方法なんてない。うまく誤魔化す人はいると思う」(40代、パート)
このようにフリーコメントにも疑問視する声があるが、政府の対策は根本的な解決策になるのだろうか。川上さんはこう語った。
「『落選狙い対策』は応急措置という意味で、何もしないよりはいいが、根本的な解決策だとは思いません。根本的解決とは2つの側面があります。まず入所希望者は、無条件に全員が入所できるようにしてほしい。一方、育休延長希望者は、無条件に育休を2年まで延長してほしい。この両方がかなうのはまだまだ難しい。
保活の問題は、得てして女性の問題として扱われがちですが、子育ては女性だけが担うものではありません。家庭内の役割分担のあり方は家庭ごとに異なってよいと思います。保活のような社会的課題を女性だけが抱え込むのは負担が大きすぎます。社会制度の整備を進めることはもちろんですが、家庭内で夫や夫婦の両親たちが問題意識を共有して、母親1人に任せきりにするのではなく、家族全体で協力しあうスタンスが大切になってきます」
(福田和郎)