新入社員の離職が止まらないなか、若手を引き留め、どう育成していったらよいか悩む企業が多い。それには最近の新入社員気質を知ることが大事だ。
前編では、「おとなしくて真面目。言われたことはほどほどにこなす」安心・安全型と、「積極的だが、自分の考え方に合わないことには排他的になる」自己偏重型の2タイプがあることを紹介した。後編では、その調査をまとめた企業の新人・若手育成を支援する株式会社ファーストキャリアの瀬戸口航(せとぐち・わたる)社長に具体的な対応法を聞く。
最近は出来る新入社員から早く辞めていく
――「3年3割」と言って、入社して3年以内で辞めていく若手が多く、多くの企業でも問題になっています。いかにして若い社員を引き留めて、かつ能力を伸ばしていったらよいかが課題ですが、どうしたらよいでしょうか。
瀬戸口航さん「企業で最近言われているのは、3割が辞めていくことは変わらないですが、その内訳が変わってきたということです。よく一般的な『2-6-2』の法則が言われます。組織は優秀な上位層2割、ミドル層6割、下位層2割で構成されている。以前は、下の2割が自然淘汰されて辞めていきましたが、ここ数年は、下の2割はぶら下がってでも残り、上の2割がどんどん辞めていくと言うのです。もちろん、『2-6-2』で人材を評価すべきではない、という議論も一方ではありますが」
――将来会社を牽引してもらいたいと思うような人たちの流出が進んでいるわけですか。大変じゃないですか。
瀬戸口さん「もちろん、企業にとって流出してもらいたいと思う若手社員はあまりいないと思いますが、それでも、ぜひ残って将来を担ってほしい人たちほど、早期に外に飛び出してしまう事実はあるようです」
――できる人を引き留めるには、会社はどうしたらよいのでしょうか。
瀬戸口さん「それについては、3つの観点からお話しします。(1)現場の先輩・上司の観点(2)人事・育成担当部門の観点(3)経営者の観点です。まず一つ目の現場の観点から申し上げると、ポイントは『教え込む』という一方向だけの接し方ではなく、双方向にリスペクトしてほしいと思います。新入社員を対等の相手とみて、できないヤツ扱いをするなということになります。どうしても若手育成となると、知っている人(上司、先輩)が知らない人(新人)に教え込むというトーンが強くなります。
しかし、世の中は大きく変化しています。消費の仕方、マーケティングの方法も変わってきて、デジタルネイティブ、スマホネイティブ世代の若い人のほうが知っていることも多い。彼らの感性の方が未来に行っている場合もあります。なので、半分は知っている人から知らない人に知識や知恵を伝承する、これまでの職場ルールや研修方法は有効です。一方で、残り半分は若手のほうが知っているという意識を持ってほしい。彼らから学び取る姿勢をもって向き合うことが双方にとって得策だと思います」
――ひと昔前のモーレツ社員の時代では、新人社員を会社の色に染めるために、学生らしさを一度リセットしてから教え込む方法がとられましたが、もうダメだということですね。
瀬戸口さん「はい。特に全国にまたがる事業所をもつ大きな会社の現場では、『まず私のいうとおりに従うこと』から始まる傾向があります。半分は、今まで培ってきた知恵を教え込むことでもいいですが、もう半分は若い人から学ぶ意識を持つべきです。とはいえ、今はまだ前の時代から継承するものが多く、7対3くらいの割合でしょうが、何年かあとにはその割合も逆転している気がします」
優秀な若手にはすぐ活躍できる場を与える
――二つ目の人事・育成部門の担当者はどう対応すべきでしょうか。
瀬戸口さん「ポイントとしては、『若手が活躍できる場の設計をし、まずはできることから進める』ことです。可能性と気概を持つ若い人が、早く活躍できる場を社内に作ってほしい。『石の上にも3年』というように、せっかくポテンシャルある新入社員たちを採用したにも関わらず、最初の2年間は工場配置とか5年間は下積みとか、既存のラインに乗せていくのが一般的です。重厚長大系の大会社では、AI(人工知能)に長けた人でもないかきり、ほとんどがそうです。
決まりきった仕事ばかりさせて、優秀な若手のやる気をそいでいるケースがとても多いです。もちろん、業界や自社をしっかりと知ることから始め、基礎の基礎を固めることは重要ですが、会社側と新入社員との間に行き違いが起きてしまっているようです」
――入社したての優秀な若手のやる気を引き出すにはどんな方法がありますか。
瀬戸口さん「人事の施策レベルで具体的な例を紹介すると、メーカー系のA社では、『ファストトラック(若手の早期選抜による育成)』を行っております。普通の企業の選抜研修というと、課長クラスのマネジメント層になる手前あたりから始まりますが、A社では内定段階から選抜するようです。若手数百人のうちから、数人をファストトラックに乗せていきます」
――超エリート教育ですね。ほかの数百人の新人とどう違うのですか。
瀬戸口さん「入社後の配属から別のラインになります。将来グローバルでも活躍できるリーダーに育てようと、ありとあらゆる修羅場をくぐらせ、リーダーにふさわしい育成コースを歩ませるということになります」
――A社のケースは特別と思いますが、能力とやる気のある新人に活躍の場を与えるケースでは、他にどんなものがありますか。
瀬戸口さん「今までになかった新人の斬新な発想を会社の改革に生かすのです。業務改善や新規事業開発でもいいですが、実際にプロジェクトをつくり、担当させるような取り組みです。たとえば、運輸交通系のB社では、現場のオペレーション部門に配属される新人を対象に、1年目の秋口から約4か月に渡って、現場における問題解決のアクションラーニングを進めました。これは、インプットだけに留まらず、自分たちで仕事の問題点の解決策を考え、計画などをアウトプットしていくものです。
アクションラーニングの最終発表などでは、社長をはじめ役員、部長クラスが参加し、若手の提案に対して実際に経営判断をしたり、具体的なアドバイスを行なったりします。1年目の新入社員には先輩社員がメンターとして付き、そのメンターもアクションラーニングの集合研修に一緒に参加します。そして、研修以外の時間は新人とメンターが2人3脚で課題の把握や解決へのアクションプランに取り組みました」
数社の若手を集めて被災地で異業種交流研修
――新人たちの提案は、実際の現場で生かされているのですか。
瀬戸口さん「はい。この取り組みは数年間続いており、実際に私たちが日常的に利用している交通現場の改善につながった例がいくつも出ています。取り組みの過程で必然的に様々な関係者と関わりますから、人脈が広がります。また、新人の斬新な視点を通して、思いもしなかった課題が明らかになるなど、本人にとっても周囲にとっても学習効果が高いのです。そして何より、自分たちの取り組んだ課題が具体的に現場で生かされることによる達成感、高揚感は、若手のやる気の向上にもつながっています」
――研修期間の1~2年をただ会社から学ぶだけではなく、新鮮な目で会社の改善にまでつなげていくと、新人の能力アップと会社の生産性向上という一石二鳥になりますね。
瀬戸口さん「はい。B社の例は、やろうと思えばどの会社でも実践できると思います。全体での導入が難しければ、まずは取り組みやすい部門からスモールスタートし、うまくいった例を社内に共有して広げていくとよいでしょう。とはいえ、それでも自社でそうした場の提供が難しいならば、外部で作るしかありません。1社だけではなく、複数の社が集まり異業種交流研修として、お互いに切磋琢磨をする場をつくるのがよいと思います」
――具体的にはどういう異業種交流研修の場がいいのですか。
瀬戸口さん「まだ取り組んで1年ですが、いくつかの会社の新人を連れて、さまざまな社会課題を抱える地方に行く取り組みはとても有効です。たとえば、東日本大震災の被災地に3泊4日で行き、現地を自分の目で見て、経営者や行政担当者や市民に会い、さまざまな話を聞きます。そして自分が入社した会社の商材やサービスを使って、被災地の課題の解決のためにどんな貢献ができるだろうかと考えてアイデアを提言していくのです。
地方は本当にさまざまな課題を抱えています。その現場に3社か4社の若者が行き、自分たちに何ができるだろうかと考える研修の場をつくるのであれば、どんな業種でも可能と思います」(つづく)
(福田和郎)
【プロフィール】
瀬戸口航(せとぐち・わたる)
株式会社ファーストキャリア社長、株式会社セルム執行役員
早稲田大学商学部卒業後、大手コンサルティング会社で自動車業界を中心に新規事業開発支援・ビジネスプロセス構築などに従事。2010年ファーストキャリア入社。16年4月から現職。大手企業を中心に新人・若手人材の育成支援のコンサルティングや教育研修体系の構築を手がける。