「生きていくため」に必要な「解体」という作業
「帰還」という言葉を聞いた時、当事者ではない私たちが思い浮かべるものは、懐かしいふるさとへ戻る人々の姿ではないでしょうか。しかし、この見学のあいだHさんの口から何度も語られた「帰還」という言葉は、それよりもずっと重いものでした。
「しばらくのあいだは家に片付けに来ていた人たちでも、繰り返し動物に荒らされるうち、訪れなくなった方もいます。昔の家に愛着があるからこそ、その家が荒れていくのが耐えられなかったのかもしれません」。
Hさんの奥さんも、途中から家に帰ることをやめてしまったお一人だといいます。住民の方々にとってふるさとに帰れないことと同じくらいつらいことは、そこを「ふるさと」と思えなくなることではないでしょうか。
「子どもに『お前たちのふるさとはどこだと思う?』と聞いたんです。子どもはしばらく考えて『うーん...... 埼玉?』と答えました。双葉に住んでいた、ということは覚えてはいるんですが......」。
では、この荒れた町を子どもに「ふるさと」と教えることができるのか。そして今避難している方々がこの土地を再びふるさととして愛することができるようになるか――。
よそ者がこのような発言をすることは、「無礼」「不謹慎」と詰られるかもしれません。しかし福島の外でそれを問わない限り、帰還という言葉が漠然とした憧れのイメージを持ったまま、地に足のつかない未来計画ばかりが議論されることになりかねないと思います。
では、帰還のために何が必要か――。もちろん買い物をする場所や医療機関などの生活インフラは重要です。しかしそれ以前に、生きていくために壊されなくてはならないものが、ここには確実に存在します。
町中で進む家屋の解体作業。かつて誰かの大切な持ち物であった家がむき出しの柱や土台となっていく姿は、無残にも見えます。しかし、それは人々が血を流しながらもふるさとを取り戻すための、初めの一歩なのかもしれません。
双葉町では、町の主要な建物を上空や中から撮影し、アーカイブ化を行う試みが続けられています。何年か後、この町がさまざまなものを壊し、再び美しい街並みを取り戻したとしても、その再興のために壊された建物の姿を、私たちは忘れてはいけないと思います。(越智小枝)
地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。