「勝つための情報学 バーチャルからリアルへ」(山村明義著)扶桑社
個人情報を成長に生かしてきた米アマゾン。米国では最近、情報のハンドリングではソツなしと思われている同社が関与を余儀なくされた、本業以外での情報戦が注目されている。
創業者であるジェフ・ベゾス氏の私生活をめぐるタブロイド紙との応酬。背後にはトランプ米大統領の影もチラついたが、さすが、ベゾス氏は「勝つための情報学」を備えていたらしい。
ベゾス氏VSタブロイド紙
ベゾス氏は2019年1月9日、アマゾン創業の前年に結婚、約25年連れ添ったマッケンジー夫人との離婚を発表。その直後に、タブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」が、ベゾス氏が愛人と親密に過ごす様子をとらえた写真や2人の間で交わされたメールの内容を報じたものの、ベゾス氏の機先を制した発表で、記事はインパクトを欠くことになった。
エンクワイアラー紙の発行会社のデビッド・ペッカー会長はこれを、「スクープつぶしだ」と激怒したといわれる。
ベゾス氏は、情報戦では負けられぬとばかり、かねてより懇意の専門家らによる調査チームを組み、プライバシー漏洩の経緯や暴露された私生活の標的にされた理由を調べさせた。
すると、どうやらペッカー会長が、ベゾス氏がオーナーであるワシントン・ポスト紙の記事に対して抱いていた不満が背景にある可能性が浮上。写真やメールの入手にも公正とはいえない手段がとられていた。
ベゾス氏は「代償を払ってでも......」と、さらに反撃を用意。ブログで今度は、脅迫を受けていたことを暴露した。その内容は、あらたな写真を公表されたくなかったら「エンクワイアラー紙の記事には政治的意図はなさそうだという声明を出せ」というものだった。
ペッカー会長はトランプ大統領の友人。大統領は、アマゾン嫌い、ベゾス氏嫌いで知られる。また、リベラルな論調で知られるワシントン・ポスト紙は、それまでにトランプ氏の女性問題を詳しく報じてきた経緯がある。
ベゾス氏の反撃にペッカー会長は、エンクワイアラー紙の報道は合法的、ベゾス氏の脅迫指摘には、誠実な交渉だったと抗弁したが、苦し紛れの言い訳にしか聞こえず、かえって「政治的意図」が透けてみえる印象を与えた。
新聞記者もウソ情報を拡散
「勝つための情報学 バーチャルからリアルへ」の著者、山村明義氏は、近い将来の世界は間違いなく「『情報』によって動くトレンドに変わる」と予言する。そうしたなかで、個人がどう情報を向き合うかを、さまざま角度から論じたている。
山村氏は金融業界誌の記者、フリーランスのジャーナリストから転じたノンフィクション作家。本書では、トランプ米大統領の登場で流行語になった「フェイクニュース」に言及。それがこの数年に始まった現象ではなく、以前からも存在していることを、具体例でみている。
フェイクニュースは、単なる「誤報」ではなく、ミスリードの要素を含んだもの。意図して発信される場合もあるし、意図しないまま流布されるものもある。エンクワイアラー紙の記事は、トランプ大統領の知人が意図して発信したフェイクニュースといえ、かかわった人の顔ぶれからは皮肉な出来事だった、と分析する。
フェイクニュースの具体例としては、災害時の2次災害をめぐるデマや、戦前にもっともらしく伝えられた公文書がじつは存在しなかったこと、また、最近では著名な新聞記者がツイッターで誤った内容をリツィートする失態を演じたことなどについて解説。「『フェイクニュース』に騙されない情報学」「『真の情報』にたどりつくために」などのパートを設けて、表面的な判断方法ばかりではなく、情報が拡散する背景やプロセスなどを、わかりやすく述べている。
わたしたちは、情報の洪水のなかで何を信じ、何を信じてはいけないのか――。
その情報が正しいかどうかを確かめる、情報確認には原則があるという。
「いつの情報か」
「なんの目的で書かれたのか」
「書いた人は誰か」
「元ネタは何か」
「ちがう情報と比べたか」
――。
ベゾス氏はこれらを確認のうえで、逆襲できたに違いない。
勝つための情報学 バーチャルからリアルへ 山村明義著 扶桑社新書
新書・239ページ 840円(税別)2018/12/27