『家をセルフでビルドしたい 大工経験ゼロの俺が3LDK夢のマイホームを6年かけて建てた話』(阪口克著)文藝春秋
1970年代初め、「ホームセンター」は全国で30か所ほどにしかなかった。その後、毎年のようにその数が増え続け、いまでは約5000店舗にもなるという。
背景には、独自のライフスタイルを楽しむために自ら作り組み立てるDIY(ディーアイワイ)が広まった結果だ。ついには、家一軒まるごとをDIYで手に入れた「男」が現れた。
マイホームを「DIY」 反対しない嫁に拍子抜け
大工経験ゼロからスタートして、6年かけて3LDKのマイホームを建てた。フリーカメラマンの男が、38歳の2010年に着工。誕生した長女が、完成時には小学校入学の年齢に達していた。
場所は、埼玉県長瀞町。ローカル線沿線だったが最寄り駅まで徒歩約10分。セルフビルドに優しい平地、抜群の日当たりに心動かされた。
自宅の敷地を利用して書斎代わりの小屋を建てるのではない。土地を購入し、電気や上下水道の水回りのための配線や土木工事も必要だ。材木や建材だってそろえなければならない。
ふつうのサラリーマンが挑んでも、週末休みと長期休暇を利用してもなかなかやり切れるものではないが、フリーカメラマンという職業柄、収入との兼ね合いをみながら、なんとかそのあたりはうまく進められた。
男は、民俗学などを勉強していた学生時代に古本屋で手にした写真雑誌に影響されて写真学校の夜間クラスに行ってカメラマンになった。何気なく接しながらも、これはとピンとくると、その道を信じて進んでいく性格らしい。
マイホームのDIYがひらめいたのは2007年のある日。こちらは、ふらりと立ち寄った都内の大型書店で手づくりログハウスのガイドブックを手にしたときだったという。
「当然、嫁は拒否するはず」――。そう確信しながら、恐る恐る切り出すと、「ま、いいんじゃないの」。当時の住まいは東京都内で、丸ノ内線の駅まで徒歩5分のアパート。「美味い酒場に便利な商店街」が近くにあったが、妻はその暮らしに「そろそろ飽きてきた」ところだったそうだ。
予想に反して拍子抜けするような、嫁の返事。ところが、戸惑ったのは男のほうだった。これからやることに思いを巡らせていくと、だんだんワクワク感がしぼんでいく。本当に素人が家を建てられるのか? お金は足りるのか? 設計図はどうするのか? 材料は――。わからないことだらけだった。
セルフビルドは「冒険とロマン」
いよいよ、現場を舞台にした作業が始まる。専用の作成ソフトを購入し間取り図を作る。図面は申請のため、建築士に清書を依頼。提出書類は、平面図、立面図のほか地盤調査したうえでのコンクリート基礎の図面や建物内の空気循環を計画した図面など専門知識がないと書けないものが多数ある。
「とても素人の手に負えるものではない」のだ。
完成までの作業のなかには、一人では不可能なことや、素人の手には負えないものがたくさん登場する。男はそれぞれの場面で、このセルフビルドの過程で出会った人たちに助けられ、幸運にもめぐまれ、2年かけてなんとか棟上げまでたどり着く。
だが、素人の工事が順風満帆に進むはずもなく、トラブルが続く。屋根の断熱材が強風で何度もとばされて心が折れそうになったり、配管工事の溝掘りを失敗して雨の中で作業をやり直し泥だらけになったり。予想もしなかった記録的な大雪に見舞われ、完成前なのに家崩壊の危機を迎えたりもする。
長女はすくすく成長するが工事は遅々として進まない。妻からは長女の小学校入学までにはと急かされるが難題はまだまだ続く。それらをなんとか克服して進むセルフビルドのプロセスは「冒険」、あるいは自分の家を自らの手で建てる「ロマン」の物語といっていいかもしれない。
本書『家をセルフでビルドしたい』は、男がDIYで自宅を建てようという決意に至るまでの「建築前夜」から書き起こし、工事のスタート~完成までをつづった、セルフのドキュメンタリー。
DIYでマイホーム建築を考えている人にはもちろん、まったく考えていない人にとっても、家を建てるときの手続きや届出、電気、上下水道の配備について知ることができ、建材や建築資材の選び方で住み心地が変わることが実感できる「住まい」の参考書にもなる。
「家をセルフでビルドしたい 大工経験ゼロの俺が3LDK夢のマイホームを6年かけて建てた話
阪口克著
文藝春秋刊
1650円(税別)