社員のモチベーションアップの「秘儀」 天才経営者の物言いのポイント(大関暁夫)

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   皆さんには、こんな経験はないでしょうか?

   たとえば子供の頃に、母親が「お母さんは苦手なのだけど、男の子のあなたは工作のようなものは得意じゃない?」などと言われ、お手伝いをして喜ばれたとき、子供の自分が親の役に立てたことで、やけにうれしい気持ちになったとか。

   もう少し大きくなった頃には、父親が新しく買った家電の初期設置などで「今の時代の最新機器を扱うのはどうにも厄介だ。今の機器に慣れたお前なら、説明書を読んで楽にできるだろう」と言われて、大黒柱の父親の代わりを無事に成し遂げたとき、すごく自分が大人になれたような気分になったとか。

   しかも、こういった投げかけは親からの押しつけと受け取ることもなく、むしろ自ら積極的に取り組んだ、という記憶もありはしませんか。

  • 子供の頃のお手伝い、思い出してみると……
    子供の頃のお手伝い、思い出してみると……
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「私が苦手なことをやってくれ」

   このエピソードのうれしいポイントはどこにあるのかというと、それまで明らかに自分よりも何かもかもできると思っていた親という立場の人から、自分がうまくできないことを代わりにやってくれと言われた、というところにあります。

   つまり、「自分がやってもできるけど、代わりにやってくれ」、ではない点が重要なのです。

   物言いのポイントが「私が苦手なことをやってくれ」ということにあって、目上の人ができないことを代わって自分が成し遂げるということにモチベーションを感じ、それを成し得た時に、今度は自分が一回り大きくなったように感じる、そんな感情の流れでしょう。

   なぜこんなことを言い出したのか説明します。とある経営者が集まる懇親会で、一見ごく普通な感じの50代半ばと思しき経営者の周りに人が集まって何やら話を聞いている。そんな光景に出くわしました。

   聞けばこの社長、空前の転職売り手市場の時代に、社員に辞められることなく、お金をかけず社員を前向きにやる気を持って仕事に向かわせつつ育て上げる天才経営者だと評判の方だそうで。社長の人材育成の「秘技」にあやかろうと、ウワサを聞きつけた会のメンバーたちが人だかりになって質問攻めにしているところだったのです。

   それなら私も話を聞いてみたいと、話の輪に加わってちょっと耳を傾けてみました。

秘儀「弱み見せ指示」!

「ある時に切羽詰って、社長であるこちらが恥も外聞もなく『私の手には負えないから助けてくれ』と部下にヘルプを投げたら、部下は驚くほどヤル気になって、指示した仕事に取り組んでくれたのです。それまでアレやれ、コレやれとけしかけても、直接自分の業務範囲じゃないことには、まず前向きに取り組まなかった社員がです。
それ以来、『これの分野は僕にはよくわからないが、君ならできるだろう』と言った前フリで、他の社員にも私の弱みを見せるような仕事の振り方をすると、何事でもおもしろいぐらい積極的に取り組んでくれました。じつはコレ、当初は過去の自己体験にヒントを得て仕掛けたものなのですが......」

   そんな話の流れで、この社長から出されたその過去の体験というのが、冒頭の子供時代からの成長過程で、両親からの頼まれごとを受けた時のやりとりだったのです。

   社長はそんな自己の子供時代の経験を踏まえて、まずは幹部社員に「弱み見せ指示」で積極性ややりがいを持たせる試みをして、それが定着したら次に幹部社員から部下への指示命令にも同じような「弱み見せ」的なやり方ができるような教育を施したのだと。

   そんなこんなで、気がつけば1~2年で社内はグッと明るくなって風通しがよくなり、業務効率は格段に上がる、周囲の経営者がうらやむほど定着率も向上した。そんなお話でした。

   この話はその後しばらく気になっていたのですが、そんな折も折、米国のリーダーシップ論の研究家であるフランク・カルマン氏が、このエピソードを裏付けるような持論を経営雑誌に書いているという話に偶然出くわしました。

   カルマン氏の持論によれば、

「脆弱さ、弱さはリーダーシップの重要なスキルのひとつである」

と。すなわち、

「自信に満ち溢れて振舞うことは当然リーダーに欠かせない行動であるが、時に自分の弱さを見せて正直に心を開いて事実を見せることは、それと同様に重要なことである」

と言うわけです。

「虚勢」はいりません!

   多くの成功体験を積み重ねてきたリーダーにとって、部下に対して「知らない」、「わからない」と自らの知識不足や経験不足を公言すれば、信頼を失うのではないかという不安もあり二の足を踏むかもしれません。

   しかしながらカルマン氏は、「部下は上司の『弱み』の開示を通じて、経営者や上司のことを「リーダー」という役割だけではなく一人の人間として見ることにつながり、共に仕事をする『共創』の喜びが生まれる可能性が広がる」のだと言うのです。

   まさしく先の社長が話してくれた子供時代の経験も、会社における「弱み見せ指示」も、リーダーとの間に思ってもいなかった『共創』の場が生まれたことが、社員のモチベーションに火をつけたと言えそうです。

   確かに部下から見て、致命的な「弱み」をさらけ出すような「情けない」経営者では困りますが、不要な虚勢を張ることが経営者のあるべき姿ではないこともまた事実です。

   部下の能力をより引き出すために、時には正直に自らの致命的ではない「弱み」をさらけ出す勇気を持つことも、経営者たるもの必要であると感じさせられるエピソードではないでしょうか。

   部下育成、モチベーション向上のヒントにしていただければ、と思う次第です。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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