TBS系の人気ドラマ「下町ロケット」が2019年1月2日放送の「特別編」を最後に終了した。ネットの掲示板では、「超面白かった!」「終始手を合わせて見てしまった。神様、仏様、下町ロケット様」と大好評だった。
ところが、その余韻も冷めないうちに、「下町ロケットの佃製作所、冷静に考えるとブラック企業ではないか」という話題が持ち上がっている。いったい、どういうことか――。
「社員が疲弊して死にそうだ。労基法守ってないな」
「下町ロケット」の佃製作所ブラック企業説は、すでに2018年11月の段階から、インターネット上で話題になっていた。
たとえば、個人ブログ「俺の遺言を聴いてほしい」(2018年11月3日付)の中の「下町ロケットの会社がブラックすぎる件」では、こう指摘している。
「毎回号泣しているのですが、ちょっと待てよと。冷静に考えたら、『下町ロケット』めちゃくちゃブラックじゃね? と思わずにはいられなかった」
として、特に次のようなシーンが問題だという。
「佃製作所社員は、帝国重工の無茶振りに応えるため、夜を徹して作業します。宇宙品質を守るため。佃製作所の名誉のため。社員は必死に働いて...... 結果、疲弊した姿がこれです。死にそうじゃねぇか......。青ざめた顔で床に座り込むまで働く佃製作所の社員を見て、これは確実に労働基準法を守ってない会社だなと確信しました。ドラマとして見ると胸が熱くなる最高の展開ですが、自分が働くとなると実際はキツイのではないでしょうか」
そして、佃製作所では、社員は金や出世ではなく「夢のために」働いていると述べている。社長の佃航平(阿部寛)が追い求める「国産ロケット開発」や「日本の農業の未来」という「夢」に社員が一丸となる。
「『夢』という言葉、何か思い出しませんか? ブラック企業の経営者も本人は問題を自覚していないのかもしれません。『夢を追いかける会社』と『ブラック企業』はどうしても隣り合わせになりがちなのです」
と書いて、ある本の表紙画像を紹介している。ワタミの創業者、渡邊美樹氏の著書「夢に日付を! 夢をかなえる手帳術」だ。
「夢」を使って「やりがい搾取」をしている
ビジネスサイト「bizSPA!」の「『下町ロケット』に20代がドン引き!社長が土下座って...『熱すぎるシーン』5選」(2018年11月18日付)
では、次のようなシーンに違和感を覚える若者の声を紹介している。
「(ギアゴーストを)助けてあげたい。これは俺のわがままだ」と泣きながら社員の前で土下座する佃社長。「それでこそ社長だ」と、思わず社員全員が立ち上がるが......。
「社長に土下座されたら反対したくても反対できない。社員を黙らせるための新手のパワハラ?」(27歳・男性)
経理部長の殿村直弘(立川談春)が実家の農業を継ぐことを決める。辞められてしまえば会社としてはかなりの痛手。だが、佃社長は「俺に背中を押させてくれ」と辞めることを応援したばかりか、実家の田植えまで社員を引き連れて手伝ってしまう。これには、経営能力を疑問視する声が――。
「佃社長、実家の田植えまで手伝った社員に辞められちゃうなんて。それでいいの?」(27歳・男性)
「会社全体の損得が見えなくなるのは社長としてどうなの?」(24歳・男性)
といった具合。
また、「自分がいない間に社長が実家の稲刈りを手伝っているとか、怖すぎる」(24歳・男性)、「社長に実家の場所を知られるのは嫌」(28歳・男性)と、若い社員は社長との距離がベタベタな関係を嫌うようだ。
こうした中でも特に大きな反響があったのが、経済ニュースサイト「ITmediaビジネスオンライン」で、ノンフィクションライターの窪田順生氏が書いた「『佃製作所はやっぱりブラック企業』と感じてしまう3つの理由」(2019年1月6日付)だ。窪田氏は、こう警鐘を鳴らした。
「日本の労働現場であらためなくてはいけない『悪しき労働文化』が、肯定的に描かれているどころか、現実にはあり得ないほど美化されている。......アマチュアスポーツ団体などで体罰・パワハラ上等というゴリゴリの体育会カルチャーが根付くこの国で、常軌を逸した体罰やしごきを美化するスポ根アニメ・ドラマが公共電波でじゃんじゃん流されていたことを踏まえれば、『下町ロケット』が労働現場に与える影響を見くびってはいけない」
そして、「下町ロケット」には次の3つの問題点があると指摘する。
(1)佃製作所の佃航平社長による「やりがい搾取」
(2)長時間労働を強いる職場の同調圧力
(3)とにかく気合いで乗り切る精神至上主義
(1)の「やりがい搾取」とは何か。窪田氏は、こう説明する。
「東京大学の本田由紀教授が唱えた概念で、経営者が社員に対し、『夢』や『やりがい』を強く意識させることで労働力を不当に利用するというもの。『働く』ということは、『夢をかなえるため』『自分が成長するため』と経営者から叩き込まれた社員は、自らすすんで時間外労働やサービス残業に身を投じ、低賃金や低待遇であっても不平不満を口にしない。......そんな『やりがい搾取』は佃製作所にビタッと当てはまってしまう」
佃航平社長の「精神主義」は旧日本軍と同じだ
窪田氏によると、(2)の「長時間労働を強いる職場の同調圧力」について「最も象徴的なシーンは、定時で帰る社員(軽部真樹男=徳重聡)に他の社員たちが文句を言う、というくだり」だという。
「人をイラっとさせるような特異なキャラクターと、『定時に帰る』という事実だけで、周囲から腫れ物のように扱われていた。このことからも 佃製作所の職場には、『みんなが残業しているのに帰るのは許せない』という『同調圧力』がまん延していることがうかがえよう」
窪田氏が、「下町ロケット」の最もマズいところは、(3)の「とにかく気合いで乗り切る精神至上主義」と強調する。
「佃航平社長はとにかくアツい。スポ根的精神論へと傾倒する。それを如実に示すのが、以下のような名言の数々だ。『正義は我にありだ』『町工場が夢を見て何が悪いんだ』『どうか同じ夢を見てくれませんか』。ブラック経営者やパワハラ上司の背中を押す『根拠なき精神論』をこれでもいいかというくらい美化してしまっている」
そして、佃製作所の体質は、旧日本軍に通じると批判する。
「現実の中小企業で、佃航平のような『根拠なき精神論』を振りかざしてもロクなことにはならない。経営者にとって最も必要な論理的思考、客観的な状況判断を阻んでしまう。朝礼でビシッと整列した社員の前で佃航平が熱い演説をぶちまけると、みな集団催眠にかかったように『やるぞ!』『残業だ!』と火がつく。これは、旧日本軍で無謀な作戦に投入される兵士たちを前に、上官が精神論・根性論を振りかざすと、『あの世で会おう』『立派に散るぞ』と高揚する構図と丸かぶりだ」
ブラックと違う点は、佃社長が部下を大切にする点
こうした「佃製作所=ブラック企業」説について、ネット上でも賛否両論が飛びかっている。
ブラック企業だとする意見をあげると――。
「下町ロケットヤタガラス編、もはや企業アウトレイジ(編集部注:北野武監督の「全員悪人」映画)と化して、ちょっと笑ってしまったぜ」
「自分が下町ロケットに感じていた『気持ち悪さ』はコレだったのか」
「あんな経営者がいたら、さすがにまずいっしょ」
「ブラック企業が勝利する実績を社会認知させた罪は重い」
「そもそも仕事に想いとか情熱を語るのが許されるのはフリーランスであって、組織でそれをやると弊害の方が多いと思う。みんなが一歯車として淡々と決められたことをやり、それなりの給料を手に入れる場を提供するのが、企業の最大の存在意義ではないのか」
ブラック企業ではないとする意見はこうだ。
「ブラックだと言っている人は、労組が強すぎてつぶれた会社の実態を知らないのだろうな。会社の唯一の正義は『生きるための手段だ』ということ。ホワイト企業でも会社がつぶれたら終わりだよ」
「このドラマは研究開発部門という特殊な所を描いている。一般的なブラック企業は営業部門が多いだろう」
「何の資源もない日本がここまで産業大国になったのは知恵と努力の賜物。確かにつらい労働環境にあったかもしれないが、それだけに成し遂げた幸せは大きいと思う」
「よくあるブラック企業と違う点は、社長が部下たちを大切にしているということ。唯一の経理担当が『実家の農家を継ぐため退職したい』と言っても、ブラック経営者なら『米なんてどこも同じだ。他の農家に任せたらええやろ』で終わりだ。しかし、佃社長は部下の想いに心を打たれ、むしろ応援までしてくれた。ここがブラックか、そうでないかの大きな違いだ」
あなたは、どう思いますか? 後編では、労働法と企業の労務に詳しい専門家のインタビューを紹介する。(福田和郎)