自分の都合でバッジを外すワケは?
しかし、今やハイテクの時代である。あんなものを胸につけていなくても、本物の議員かどうかなんて、瞬時に判別できるはずである。
それなのに、あれを身に着けてうれしがっている(?)。それは「上から目線」で人々を見下したいとの精神の表れではないだろうか。
そのくせ、自分の都合でバッジを外したりする。いつだったか、某大臣が昼間、怪しげなヨガ教室に公用車で通っている、と写真付きで週刊誌に報じられた。怪しげか否かは別として、彼は公用車を降りてヨガ教室に入る前、写真で見ると、ちゃんと胸のバッジを外していた。バッジを外すことで公私を分けているとでも言いたいのだろうか?
いずれにしても、議員バッジはなくすべきである。そうなれば、わが国の政治も、もうちょっと「国民目線」のものになるかもしれない。(岩城元)