何が問題、産業革新投資機構? 官民ファンドのあり方を問う(鷲尾香一)

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   産業革新投資機構(JIC)が崩壊した。

   田中正明社長(三菱UFJフィナンシャルグループ副社長)以下、9人の取締役全員が辞任。業務停止状態に陥った。今回の辞任劇の要因は高額な報酬問題といわれているが、「官民ファンド」のあり方が問われているのではないか。報酬問題と官民ファンドのあり方の両面から、今回の問題にスポットを当ててみた。

  • 政府・経済産業省との軋轢が……
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1億2000万円は高いのか!? 報酬問題を考える

   2018年12月10日、JICの田中正明社長をはじめとする民間の取締役9人全員が辞任した。

   JICは今年9月に、官民ファンドの産業革新機構(INCJ)を改組して誕生。政府が95%を出資しており、「官民ファンド」とは名ばかりで、事実上の「準政府機関」だ。

   今回の辞任劇は、朝日新聞が11月3日付朝刊1面で、田中社長ら経営陣に最大1億2000万円程度が支払われる報酬体系が導入されることを、批判的に報じたことから始まった。この報道を受けて、11月9日に経済産業省の嶋田隆事務次官が報酬案の撤回を申し入れた。その約2週間後に新報酬案を提示したが、田中社長ら経営陣がこれに反発。政府とJIC経営陣との対立が鮮明になった。

   田中社長は12月10日の会見で、「一度正式に提示した報酬の一方的な破棄という重大な信頼毀損行為により決定的なものとなった」と述べた。

   そのうえで、「日本国政府の高官が書面で約束した契約を後日、一方的に破棄し、さらに取締役会の議決を恣意的に無視するという行為は、日本が法治国家でないことを示している」と、政府の姿勢を批判した。

   確かに、世耕弘成経済産業相も国会で「ある程度の報酬を約束しないと、なかなかよい人材はとれない」と説明しており、また経産省の糟谷敏秀・経済産業政策局長(当時)も「民間ファンドと比較しうる報酬水準を確保したい」と答弁している。

   一度確約した報酬を一方的に減額した点については、確かに政府側の非を指摘されても仕方ないだろう。ただ、JICは官民ファンドといっても、事実上の政府機関であり、その経営陣や従業員は、準公務員に近い立場だと考えるべきだ。

   同様に準公務員である日銀総裁の年収が、4000万円に満たないことを考えれば、1億円を超える年収が果たして妥当と言えるのだろうか。JICというファンドの立ち位置を考えた場合、その業務自体に公的な色合いが濃くなる。報酬についても、ある程度は公務員に準拠した形となるのは致し方ないのではないだろうか。

    綺麗ごとだが、公務員は公僕として国家や国民に仕えることが使命であり、利益を得るために仕事をしているわけではない。田中社長も、記者会見で「仮に報酬1円でも(JICの社長に)来た」と話している。

   今回の辞任劇の深層には、報酬問題だけではなく、官民ファンドのあり方そのものについての問題点があるのではないか。

「ゾンビ企業」の復活の陰にJIC 官民ファンドのあり方を問う

   JICはINCJ(産業革新機構)の改組により誕生しているが、INCJはJICの完全子会社となった。ふつうであれば、INCJの子会社としてJICが創設されるものだと思うが、なぜ、こんな形の改組を行ったのかに疑問が残る。

   この背景には、ゾンビ企業の救済として批判を集めていたINCJへの批判をかわす狙いがあったとみられる。そのうえ、「JICは官民ファンドの再構築を行うためのもの」(政府関係者)というように、海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)も傘下に置く計画だった。クールジャパン機構は日本アニメの海外配信事業の中止などで大幅な赤字を計上している。

   こうした政府の狙いに対して、田中社長は9月25日の記者会見で、「収益力が低いジリ貧の企業、ゾンビ企業の延命はしない」と発言している。つまり、根本的に官民ファンドの役割についての考え方が、政府と田中社長とでは違っていたことは明白だ。

   2009年7月にINCJは誕生した。設置期間は15年という「時限措置」が取られ、2025年には解散する予定だったが、2017年に設置期間が9年延長され、2034年までとなった。INCJは、経産省の主導により、4期連続で最終赤字を計上するジャパンディスプレイの再建などに取り組んでいる。INCJの設置期間延長には、経産省の意思が働いている。INCJからJICへの変貌は、看板の掛け替えによるINCJの延命という意味が大きい。

    INCJは、シャープ再建や東芝の半導体事業の買収にも名乗りをあげるなど、2016年度末までの累計 114件の投資を行っているが、その多くは経営不振に陥った企業で、これが「ゾンビ企業の延命」と批判されるゆえんだ。

日本は民間によるベンチャー投資が少ない

   官民ファンドは如何なる役割を担うべきなのか。個人的には、官民ファンドは本来の目的である「新産業の創出」を進めるべきであり、既存企業の延命措置を行うべきではないと考える。

   国民生活に重大な悪影響を与えるような公共性の強い企業(たとえば、電力やエネルギーなど公共インフラ関連)に対する支援措置は仕方ないにしても、国民の税金を原資にしている官民ファンドが民間企業を支援するのは適当ではないだろう。

   自由経済の中では、存在意義を失った企業は退場し、新陳代謝が行われるのは必然だ。存在意義が低下した企業を政府が延命するのは、保護主義であり、やるべきではないだろう。この点については、田中社長も「政府全体としての明確な指針がなく、途中で(方針が)変わることに問題がある」と述べている。

   基本的に官民ファンドは、「新産業の創出」のため、ベンチャー企業への投資を進めるべきだ。特に、日本は欧米と比較して民間によるベンチャー投資が少なく、この点では官民ファンドが果たす役割は大きい。

   そのうえ、民間のファンドであれば、投資の失敗はファンドの存亡そのものに関わるが、官民ファンドでは投資がどのような結果になろうとも、基本的にファンドが潰れることはない。こうした点で、官民ファンドは投資規律が働いていないといえよう。

   JICは10月に約2200億円の投資枠を設けた第1号ファンドを米国で立ち上げたが、今回の騒動で、ファンドを清算する方針だ。(鷲尾香一)

鷲尾香一(わしお・きょういち)
鷲尾香一(わしお・こういち)
経済ジャーナリスト
元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで、さまざまな分野で取材。執筆活動を行っている。
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