「親カツ」(親も一緒に就職活動すること)とか「親カク」(企業が内定を出している学生の親に入社を了承しているか確認すること)とか、最近は大学生の就職活動に親が積極介入するケースが増えている。
ところで、子どもの就活に熱心な親たちもかつては就活生だったわけだが、当時はバブル真っ盛りな頃......。内定者にはクルマがプレゼントされるなど、現在では想像もつかないトンデモ就活だったことが、マイナビが2018年12月18日に発表した「就職活動に対する親たちの意識調査」で浮かび上がってきた。
数日間、缶詰でドンチャン騒ぎの「内定拘束」
調査では、バブル世代の親たち自身の就職体験も聞いている。現在の就職活動は人手不足による売り手市場だが、バブル期(1986年~1992年)も同様に売り手市場だった。しかし、景気が現在とは比較にならないほどよかったため、万事に派手なエピソードが多い。当時の就職活動の思い出を選んでもらうと(複数回答)――。
最も多かったのは「会社訪問で交通費が支給される」で27.9%、次に「会社訪問のスーツ(色や形)が自由だった」(27.1%)、3位には「就職情報誌が山のように届いた」(26.8%)が続いた。インターネットがなかった時代だから、学生は就職情報誌のハガキで資料請求をしたのだ=図表参照。
また、当時は就職協定で10月1日以降が「内定出し」と決まっており、10月1日が事実上の「内定式」だった。そこに来た学生が「入社確定」になるため、「囲い込み」が熾烈を極めた。内定式の数日前から観光地のホテルなどを借り切り、「施設見学」などの名目で学生を軟禁状態にするのだ。
開業して間もない東京ディズニーランドに行ったり、海外旅行に連れて行ったりする例も珍しくなかった。内定式が終わるまでは、夜は懇親会と称したドンチャン騒ぎも繰り広げられた。これが「内定拘束」といわれるもので、19.0%が経験していた。
また、親に内定をもらった企業数を聞くと、2019年卒大学生と同じ平均2~3社だが、バブル期には学校推薦が現在より強い影響力を持っていた。志望企業に大学から推薦をもらうとそのまま内定というケースが多く、現在のように推薦をもらっても不合格になることは、親たちには想像もできないことだ。
特に、理系の就職活動では自由応募はほとんどなく、ほぼ推薦で内定が出ため、何社も受けられなかった。一方、文系は内定社数が多かったが、現在と同様人手不足だっため、内定が出やすかったことが分かる。
会社訪問すると、交通費がものすごい小遣いに
そうした事情は、次のように思い出に残る就職活動のエピソードを聞くと、よくわかる。バブル期ならではの回答が多い。
「売り手市場の時だったので、内定の時に会社からクルマをもらった人もいました」(母親・文系)
「関西から東京に企業訪問に来て、複数社から往復の交通費(新幹線代)を支給された」(父親・理系)
「超売り手市場だったため、すべての企業で全額交通費が支給され、週末に東京などで何社か回ると、ものすごい小遣いになった」(父親・理系)
「学校からの斡旋だったので、受ければすぐ受かる状況だった」(母親・文系)
「就職情報誌に載っていた資料請求ハガキを送っただけなのに、内定の電話がかかってきたことがあった」(父親・文系)
「売り手市場で特に困ったことはなく、学校推薦で希望の会社に就職できた」 (母親・理系)
「学校の就職担当からどういう職種が希望か聞かれて、紹介者に面接へ行った。そして採用となったので自分自身は会社訪問もしていない」(母親・理系)
「就職活動期間が短かった。短大卒女子の就職がとてもよく、学校推薦をもらう前に内定が出てしまい、逆推薦という形が多かった」(母親・文系)
「ペパーミントグリーンのスーツや半袖のスーツを着て就活した。今では考えられないでしょうね」(母親・文系)
「あまりに多くの企業から内定をもらったので、その内定を断るのが大変でした。詫び状を書いたこともありました」(父親・文系)
お父さん、お母さん、若い頃の就活でいい思いをしたのだから、ぜひ子どもの就活には大らかな気持ちでいてほしいものだ。
なお調査は2018年11月21日~25日に、現在就活中もしくは就活が終わった学生を子どもに持つ保護者のうち、バブル期(1986年~1992年)に就職活動をした男女358人(47、48歳~53、54歳)にインターネットを通じてアンケートした。(福田和郎)