外国為替市場において、2018年に最も注目された通貨はおそらくトルコリラでしょう。
今年初めに対円で、30円前後で取引されていたトルコリラはズルズルと値を崩し、夏には心理的節目となる20円を割り込み、ついには15.40円前後まで下落しました。
誰もが思った、トルコリラ下落の要因はエルドアン大統領
通貨の下落には、さまざまな理由があるはずですが、市場関係者が考える最も大きな理由はエルドアン大統領の存在そのものでした。
通貨リラの下落を「作戦の標的にされた」とし、「何者かがトルコを攻撃しているのだ」と指摘したのでした。誰もが参加できる市場で、ファンダメンタルズの悪い通貨が売られることは自然なこと。それを一国の大統領が、何者かの陰謀と決めつける、その滑稽さに投資家は失望したのです。
そもそも、トルコはインフレ率が高い。それに対応するため中央銀行は金融を引き締めたのですが、大統領はそれを痛烈に批判。「金利を下げればインフレも収まる」と独特の、世界中の経済学者が誰一人として同意しないような持論を事あるごとに述べ、金融市場を混乱させたのでした。
「トルコ最大の任務はインフレとの戦い」と正論を主張。市場関係者から「最後の砦」と見られていたシムシェキ副首相を解任し、自分の娘婿であるアルバイラク氏を後任に据えたり、中央銀行総裁と副総裁の任期を5年から4年に短縮するなどして、中央銀行の独立性を脅かしたり、エルドアン氏が大統領である限り、「リラは売られ続けるしかない」。そのように市場は認識していたのです。
ところが、この状況を一変させたのが「カショギ氏殺害事件」です。在トルコ、サウジアラビア大使館で起こったこの殺人事件。トルコは殺害を裏付ける「証拠」を持っていると言っています。カショギ氏のアップルウォッチから発信された録音データも持っているようです。
「何があったのか洗いざらい発表する」と、エルドアン大統領はトルコ議会で演説しました。
事態が一変「カショギ氏殺害事件」 トルコリラの買いどきは?
茶系の洗練されたスーツを着たエルドアン大統領の姿は、サウジアラビアと違い、トルコが民主主義が浸透している近代的な国家であることを内外にアピールしているように見えました。
ただ演説では、サウジアラビアの関与を示唆する発言を繰り返しましたが、肝心の「証拠」に関しては、なに一つ提示しませんでした。
トルコは、本当は決定的な証拠を持っていないのではないしょうか? 証拠を持っていたとしても、それを意図的に公表しないことで、対立していたサウジアラビアとの関係を自国に有利な方向に持って行けていることは確かです。
サウジアラビアはトルコを刺激しないように丁重な対応を続けなくてはいけません。また、もしかしたら米国とは証拠を公表しないことで「裏取引」が成立しているのかもしれません。米国はサウジアラビアが国際社会の中で追い詰められることは避けたいはずです。
つい最近まで、米国とトルコの関係は悪化していました。対米関係の悪化がトルコからの資本逃避を促したことも確かです。
しかし、その一因であったブランソン牧師をタイミングよく米中間選挙前に開放しました。カショギ氏殺害事件を、米国と共同で捜査を続けるトルコを見ているだけで、投資家には安心感が広がります。
不幸な事件を利用できるだけ利用しているエルドアン大統領を見ていると、自国の中央銀行を批判していた人と同じ人には見えない、状況を180度ひっくり返す、まさに政治の天才はいるのだと思わざるを得ません。
トルコの中央銀行が必要な利上げを行ったこと、また対米関係の劇的改善によって、トルコリラは買える通貨になりました。依然インフレ率は高いので、割高なレベルで買うのは避けたほうがいいと思われますが、何かのきっかけで下がったとき、たとえば18~19円台があれば、買ってもいいのではないかと思います。(志摩力男)