知っているようで知らなかった例は意外に多いものだが、たとえば、「印鑑登録をする実印は、名前だけもオッケーだった」って、知っていましたか?
結婚すると名字(みょうじ)が変わることが多い女性の間では、名前だけで登録しておくと一生使えて便利ということが常識だが、知らなかった女性もかなり多く、「ええっ、ホント! 離婚する前に教えてほしかった」などとネットで話題になっている。
結婚しても離婚しても使い続けられるメリット
話題のきっかけになっているのは、女性向けサイト「発言小町」(2018年7月21日付)に載った次の投稿だ。
「人生の節目の歳となり、実印を作ろうと思います。ネットで調べると、『女性は名前(ファーストネーム)のみの実印を作成することもある』とあって驚きました。確かに結婚等で名字が変わるから、一生使うにはそれも一理あるのでしょうが、『実印=フルネーム』と思っていたので、いざ使う際に認められるのか不安です」
これに対する回答は、
「実印なんて何でもいいのよ。フルネーム、名字だけ、名前だけ。私は名前だけにしています。女性の常識ですよ」
という声が多かった。しかし、中には投稿者同様、初めて名前だけでもいいことを知って、
「あ~あ、夫の名字で登録しちゃった。知っていれば、名前だけにするんだった」
と後悔する人も少なかった。
実は、J-CAST会社ウォッチ編集部記者(60代男性)も、寡聞にして今回初めて知った次第だ。実印は住宅購入や保証人、相続など、重々しい機会に使うものだから、フルネームが当たり前と思ってきた。調べると、実印は、各市町村が制定する印鑑条例の印鑑登録の規定により、(1)住民票に登録されている氏名(フルネーム)(2)氏のみ(名字)(3)名のみ(名前=ファーストネーム)か(4)または氏と名の一部を組み合わせたもの――と定められているところがほとんど。つまり、名前だけもOKなのだ。
「顔認証、指紋認証の時代になれば意味がなくなる」
記者が周囲の同僚男性に聞くと、ざっと4対6ほどの割合で「知らなかった」派がいた。あらためて働く女性たちに取材すると、知らなかった割合はざっと3対7に減ったが、男性とは違って、それぞれの選択に女性ならではの思いが込められていた。まずは「知らなかった」派から――。
「かなり前に弟のマンション賃貸契約の保証人になるのに実印が必要になり、あわてて持っているハンコ(名字だけ)を印鑑登録しました。現在、いつ終わるかわからないシングルの私、結婚しても! 離婚しても! そのまま使える実印を作る機会を逃してしまいました。戻れるなら、きれいな色のヒスイで作り直したい」(40代・事務職)。
「名字だけで作っていますが、別に大丈夫。実家の名前を継ぐために婿以外の人と結婚するつもりないから」(20代・事務職)。
「夫婦別姓などという考え方もなかった時代だから、当たり前のように夫の姓のフルネームで作りました。印鑑なんか形式だから別に後悔していません。これからは顔認証、指紋認証の時代だから、名前だけとか、意味がなくなります」(60代・大学講師)
「元ダンナの姓のフルネームで作りました。離婚したので、名前だけにしておけばよかった」(40代・フリーライター)。
一方、「知っていた」派は名前だけにしている人が多い。
「結婚前に名前だけで。結婚したら名字が変わるし、ただでさえ銀行とかビザとか、名義変更が大変なのに、登録変更やってられるかーー!という怒りに打ち震えたものです」(30代・イベント企画)。
「成人式の時にお祝い品として市からいただき、それがたまたま名前だけでした。男性ももらったはずですが、名前だけかは聞いていません。親に見せると、『結婚してからも使えるから便利だよ』と言われました。会社や銀行、住所登録など、何にでも使えてNGをもらったことは一度もありません」(20代・営業企画)。
「社会人になった時に実印を作る時に知人から教わり、名前だけで。ひらがななので、デザインにこりました。5歳の娘の銀行口座を作った時も、将来も使えるよう、ひらがなの名前だけの印鑑を作りました」(40代・元新聞記者)。
名前だけの実印を作りたかったのに、夢を果たせなかった人も――。
「夫の姓のフルネームです。もともと夫婦別姓が希望だったこともあり、香港で作った名前だけの印鑑で登録しようと区役所に持って行きました。しかし、印鑑の素材が割れやすい石だからダメだと断られ、名字だけだと抵抗があるので、ささやかな反抗としてフルネームに」(40代・営業企画)。
フルネームで「バア~ン!」と判を押すとカカア天下?
名前だけの実印を作る女性は、どれだけいるのか。創業125年の印鑑彫刻の老舗「小林大伸堂」(福井県鯖江市)の4代目印章彫刻士、小林照明さんに聞いた。
――名前だけの実印を作る人は、男女それぞれどのくらいいますか。
「うちのお客さんでは、女性の60~70%が名前だけです。男性ではほとんどいません。90数%以上がフルネームです。
女性の場合、結婚すると名字が変わる人が大半ですから、生まれた時に親につけてもらった名前に対する愛着が男性より強いですね。自分の名前を大切にしたい、アイデンティティーにしたいという気持ちが印鑑に表れます」
――結婚してから実印を作る場合もそうですか。
「はい。夫の姓は自分の名前ではないという違和感が少なからずあると思います。よく女性は、名字で呼ばれるより、『○○子さん』と名前で呼ばれる方がうれしいですよね。それと、古い考え方かもしれませんが、昔から『女性は名前のみの実印を作ると縁起が良く、吉』といわれています」
――ほう。それはどういうことですか。
「日本の女性は、夫の三歩後ろを歩くとか、夫を立てるとか、控えめの方が家庭円満になるといわれます。ところが、フルネームの4~5文字の印鑑で、『バア~ン!』と判を押すと、まるでカカア天下のような印象を与えてしまいます。名前だけで字数が少なく、ワンサイズ小さい控えめの実印を作ると、女性が幸せになれるといわれるゆえんです。もちろんハンコ1つで幸せになれる確証はありませんが」
――なるほど。しかし、名前だけの印鑑では重みがないですね。ビジネスの場合はどうするのですか。
「確かに、女性社長が『真理子』『和子』などというハンコを契約書に押すと、『なにコレ?』と不審がられることになります。そこで私は、女性には実印と銀行印は名前だけで、ビジネスの場に使う認印はフルネームか名字で、と勧めています。会社の中で使う認印に『さとこ』では、どの部署の誰のハンコかわかりませんからね。
銀行印も、かつては『ポチ』という犬の名前でも口座を開けましたが、最近は、個人情報保護からちゃんとした人物名でないとダメになりました、しかし、名前のみでOKのところがほとんどです。家族の中で、同じ銀行を夫が名字で、妻が名前でと使い分けると便利です」
(福田和郎)