夫婦・兄弟の不仲が相続時にトラブルになることは事業承継の場面でも同じです。
会社を任されたほうは一生懸命に頑張りますが、それでも法律に照らすと、必ずしもその努力が認められるとは限りません。ときに、法律は冷酷なのです。
取締役会開かず、長男が経営の舵取りを続行
私の父は、戦後間もない頃に会社を創業。以来、父が代表取締役を務め、自社株(200株)もすべて保有していました。父と母の間には、長男である私と、次男がおります。残念なことに父と母の夫婦仲は悪く、長年別居状態にありました。また長男の私が後継者と目され、特別扱いを受けてきたこともあって、私と次男との仲も悪く、次男は母になついていました。
私は、大学卒業後は経験を積むため電機会社に就職していましたが、数年前に父の会社に入社し、その際に、父から同社の株式の40%(80株)の贈与を受け、取締役に就任しました。
しかし、その後しばらくして父は、認知症を発症して経営から身を引くこととなり、取締役会にも株主総会にも出席することができなくなってしまいました。
私は、取締役の任期満了を迎え、取締役再任のための株主総会を開催しなければならなくなりました。そこで私は、議事録上は父が株主総会に出席して議決権を行使した形にして、私を取締役に再任し、取締役会も現実には開催せずに議事録を作成するだけで、私を代表取締役として選任して経営を続行してきました。
その後、10年近く経営してきたところで父は死亡し、相続が発生することになりました。
そうしたところ、母と次男から私に内容証明郵便が届きました。
何と、実際に株主総会も取締役会も開催していない以上、私は代表取締役としての資格を有していないこと、株主総会で、相続財産となっている株式120株全部を母と次男が行使して、次男を取締役とし、取締役会を開催して次男を代表取締役に就任させると書いてあります。そんなことが認められるのでしょうか?
これまでも、そして今後も父の遺志を継いで会社経営に努めようとする長男に、降りかかったトラブル。事業承継には、こうした思わぬトラブルに巻き込まれることがあります。長男にしてみれば、「今さら、なにを!」と言いたい気持ちでしょう。
しかし、事態はそう簡単ではありません。順番に見ていきましょう。
遺言がモノを言う!
1 株式は遺言がない限り、相続人間の「準共有」(複数の人が共同で所有権以外の財産権を所有すること)となる。
(1) 遺言がないと、後継者が会社支配権を取得できない可能性も!
この事例で、長男は、父親が死亡した時に、全株式である200株のうち、その40%に当たる80株を有していました。そして、長男は4分の1の法定相続分を有していますから、父親の遺産である株式120株のうち、4分の1に当たる30株を相続でき、過半数の株式(80株+30株=110株)を取得して、会社支配権を獲得できるようにも思えます。
しかしながら、株式の相続が発生した場合、遺言がない限り、遺産分割協議により誰が株式を相続するのか決める必要があり、それが決まるまでは、株式は相続人間で準共有となるとされています。各相続人の法定相続分に応じて当然に分割されるわけではないのです。
長男が、株式は相続が開始されると、法定相続分にしたがって当然に分割されるものと思い込んでいたのですが、安易な思い込みにより長男は会社の支配権を失う結果となってしまいました。
(2) 準共有の株式全株の株主権は、持分の多数決で決まる!
各相続人は、遺産となる株式全体に対し、その法定相続分に応じた持分を有するに過ぎず、その株主権の行使方法については、持分の多数決で決せられます。
父親の遺産である株式120株についても、母親、長男、次男とで、その法定相続分に応じ、2:1:1の持分を有する準共有状態になりますから、母親と次男が結託すれば、4分の1の持分しかない長男は多数決に敗れ、120株全株について株主権を行使できないことになります。
そうすると、長男は80株しか株式を有していませんから、株主総会を開いても、120株の議決権を行使できる母親・次男連合に敗れ、会社支配権を喪失することになります。
この状況を打開するためには、長男が母親と次男との遺産分割協議で、株式の過半数を取得できるよう交渉するしかないのですが、母親・次男も長男の窮状につけ込んで、株式を評価額よりはるかに高い価格で買い取るよう求めてくる可能性もあり、協議が難航することは必至です。
(3) 後継者が全株式の過半数を取得できる遺言を!
このような事態を避けるには、父親は、生前、長男に全株式の過半数以上(できれば3分の2以上)を譲渡しておくか、死後、長男が全株式の過半数を取得できるよう、遺言しておくべきだったと言えます。遺言が遺されていれば、株式の準共有状態にはならず、遺言のとおりに相続されます(ただし、他の相続人の遺留分対策をしておく必要があります)。
なお、遺言するには、遺言者に遺言内容を理解できるだけの意思能力(遺言能力)が必要ですが、仮に認知症が発症し、後見開始審判を経た後でも、その事理弁識能力が回復したときに、医師2人以上の立ち会いのもとに遺言をすることはできるとされています(民法973 条)。この場合でも、すぐに諦めることはありませんから、後のトラブルを避けるためにも、できる限り、遺言を遺すよう努力していただきたいと思います。
父親が認知症、その時、どう対応する?
2 後継者を確実に取締役にするためには株主総会決議が必要
(1) 適法な株主総会決議なしだと法律上は代表取締役ではない!
次に、後継者である長男は、父親が認知症になって株主総会に出席できなくなった後は、株主総会を適法に開催しておりませんから、株主総会決議不存在として、適法な取締役とはいえません。また仮に、形だけ開催していたとしても、株主総会は「総株主の議決権の過半数に当たる株式を有する株主が出席し、その議決権の過半数以上の多数により決せられる」こととされていますから、株式の60%を持つ父親が出席しなければ定足数を満たさず不適法です。さらに、仮に父親が株主総会に実際に出席していたとしても、父親が認知症のため意思能力が欠如している状態では、議決権を行使できませんから、やはり不適法となってしまいます。したがって、長男は、適法な株主総会決議によって取締役に選任されておらず、法律上は代表取締役とは言えないのです。
父親の死亡後、もし相続人の母親や次男から株主総会決議不存在確認の訴え、取締役の地位不存在確認の訴え等を提起されれば、長男は敗訴し、長男が取締役ではないことが明確になります。取締役でない以上、長男は取締役から追放されてしまうでしょう。
(2) 父親が認知症になった場合は保佐・後見などの申し立てを!
これは、父親が認知症になって、株主総会に出席できなくなったのに、そのまま放置して、適法な株主総会を開催しなかったことが原因です。
このような事態を避けるには、父親の認知症の進行度に合わせて、まずは保佐・後見(場合によっては補助)の申し立てを行います。
裁判所が後見・保佐開始の審判を行った場合は、取締役の退任事由に該当します(会社法331条1項2号)。補助、任意後見の場合は取締役の退任理由とはなりませんが、こうしたケースも想定して、定款等で取締役の終了事由としておくことも一法です。
このようにして父親に取締役を退任してもらったうえで、適法に株主総会を開催して、長男を取締役に選任する株主総会決議をすることが必要です。後見人等には、その代理権に基づき、株主総会において父親本人の代わりに議決権を行使してもらい、長男を取締役に選任するのです。
なお、後見人は当然に法定代理権が付与されますが、補助人・保佐人・任意後見人は当然には代理権が付与されません。補助・保佐であれば、家庭裁判所に株主総会における議決権行使の代理権を付与するよう申し立てておき、その代理権に基づいて議決権を行使できます。
長男が取締役に選任された後、取締役会を開催して、長男を代表取締役に選定すれば、長男は名実ともに適法な代表取締役に就任することができるのです。
3 結論
今回のケースでは、長男が父親の生前にきちんとした事業承継対策をしていなかった結果、母親と次男から足元をすくわれる結果となってしまいました。これは、株主総会や取締役会なんか開かなくても大丈夫という思い込み、株式は法定相続分にしたがって当然に分割されるという思い込みがあったからです。
事業承継にはさまざまな落とし穴がありますから、悲惨な末期を辿らないためにも、要所要所で弁護士に相談することが重要です。(湊信明)
(おわり)
湊総合法律事務所所長。1998年弁護士登録(東京弁護士会)。約200の会社と顧問契約を締結して、中堅・中小企業に対する法務支援を中心に弁護士業務を行うほか、企業の社外取締役や社外監査役、学校法人の監事などにも就任。企業や組織の運営にも携わっている。
「濁流に棹さして清節を持す」がモットー。
2015年度、東京弁護士会副会長。関東弁護士会連合会常務理事。2017年度、東京弁護士会中小企業法律支援センター本部長代行など。
主な著書に、「勝利する企業法務 ~実践的弁護士活用法―法務戦術はゴールから逆算せよ!」(レクシスネクシス・ジャパン)「小説で学ぶクリニックの事業承継 ―ある院長のラストレター」(中外医学社)「伸びる中堅・中小企業のためのCSR実践法」(第一法規)などがある。