父親が認知症、その時、どう対応する?
2 後継者を確実に取締役にするためには株主総会決議が必要
(1) 適法な株主総会決議なしだと法律上は代表取締役ではない!
次に、後継者である長男は、父親が認知症になって株主総会に出席できなくなった後は、株主総会を適法に開催しておりませんから、株主総会決議不存在として、適法な取締役とはいえません。また仮に、形だけ開催していたとしても、株主総会は「総株主の議決権の過半数に当たる株式を有する株主が出席し、その議決権の過半数以上の多数により決せられる」こととされていますから、株式の60%を持つ父親が出席しなければ定足数を満たさず不適法です。さらに、仮に父親が株主総会に実際に出席していたとしても、父親が認知症のため意思能力が欠如している状態では、議決権を行使できませんから、やはり不適法となってしまいます。したがって、長男は、適法な株主総会決議によって取締役に選任されておらず、法律上は代表取締役とは言えないのです。
父親の死亡後、もし相続人の母親や次男から株主総会決議不存在確認の訴え、取締役の地位不存在確認の訴え等を提起されれば、長男は敗訴し、長男が取締役ではないことが明確になります。取締役でない以上、長男は取締役から追放されてしまうでしょう。
(2) 父親が認知症になった場合は保佐・後見などの申し立てを!
これは、父親が認知症になって、株主総会に出席できなくなったのに、そのまま放置して、適法な株主総会を開催しなかったことが原因です。
このような事態を避けるには、父親の認知症の進行度に合わせて、まずは保佐・後見(場合によっては補助)の申し立てを行います。
裁判所が後見・保佐開始の審判を行った場合は、取締役の退任事由に該当します(会社法331条1項2号)。補助、任意後見の場合は取締役の退任理由とはなりませんが、こうしたケースも想定して、定款等で取締役の終了事由としておくことも一法です。
このようにして父親に取締役を退任してもらったうえで、適法に株主総会を開催して、長男を取締役に選任する株主総会決議をすることが必要です。後見人等には、その代理権に基づき、株主総会において父親本人の代わりに議決権を行使してもらい、長男を取締役に選任するのです。
なお、後見人は当然に法定代理権が付与されますが、補助人・保佐人・任意後見人は当然には代理権が付与されません。補助・保佐であれば、家庭裁判所に株主総会における議決権行使の代理権を付与するよう申し立てておき、その代理権に基づいて議決権を行使できます。
長男が取締役に選任された後、取締役会を開催して、長男を代表取締役に選定すれば、長男は名実ともに適法な代表取締役に就任することができるのです。
3 結論
今回のケースでは、長男が父親の生前にきちんとした事業承継対策をしていなかった結果、母親と次男から足元をすくわれる結果となってしまいました。これは、株主総会や取締役会なんか開かなくても大丈夫という思い込み、株式は法定相続分にしたがって当然に分割されるという思い込みがあったからです。
事業承継にはさまざまな落とし穴がありますから、悲惨な末期を辿らないためにも、要所要所で弁護士に相談することが重要です。(湊信明)
(おわり)
湊総合法律事務所所長。1998年弁護士登録(東京弁護士会)。約200の会社と顧問契約を締結して、中堅・中小企業に対する法務支援を中心に弁護士業務を行うほか、企業の社外取締役や社外監査役、学校法人の監事などにも就任。企業や組織の運営にも携わっている。
「濁流に棹さして清節を持す」がモットー。
2015年度、東京弁護士会副会長。関東弁護士会連合会常務理事。2017年度、東京弁護士会中小企業法律支援センター本部長代行など。
主な著書に、「勝利する企業法務 ~実践的弁護士活用法―法務戦術はゴールから逆算せよ!」(レクシスネクシス・ジャパン)「小説で学ぶクリニックの事業承継 ―ある院長のラストレター」(中外医学社)「伸びる中堅・中小企業のためのCSR実践法」(第一法規)などがある。