【連載】事業承継のサプリメント(その3)父の「感謝の言葉」だけでは報われない(湊信明)

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父親が長男のためにやっておくべきことは?

   このようなことを避けるためにはどうすればよかったのでしょうか?

   それは、価値がゼロだから贈与にするというのではなく、多少の価値をつけて、売買契約を締結すればよかったのです。そうすれば、そもそも特別受益ではないことになりますからこのような不当な結論を避けることができます。

   また、贈与を受けるとしても、父親から持戻し免除の意思表示※を受けて、その旨の記載のある書面を受領しておくという方法もあり得たでしょう。

   ただ、現実の相続の場面では、単純に贈与されただけだったり、持戻し免除の意思表示があったことを証明する書面がないことがほとんどです。このような場合には、持戻し免除の意思表示があったことを推定させるような諸事情を証拠として提出して、持戻し免除の意思表示が存在したことを証明していくことになります。

   相談者の場合には、父親は「お前は本当によくやってくれた。これからも会社のことをよろしく頼む」と言ってくれていたのであり、その意思の背後には、持戻し免除の意思表示が認められたはずであるというようなことを主張し、立証することになるのですが、これはなかなか認められるものではなく困難を極めるというのが現実です。

   特に、父親は亡くなる5年ほど前から認知症になっていたのですから、意思能力の点からも認められることは困難でしょう。したがって、贈与構成で進めるときは、持ち戻し免除の意思表示は、意思能力が明確に存在する状況下で、公正証書等のきちんとした書面に残しておくことが重要となります。

   ※ 複数いる相続人の中に特別受益を受けた人がいた場合に、相続財産にその特別受益の金額を加えたものを相続財産とみなし、これを基礎に相続人の相続分を算定しますが、これを「持戻し」といいます。しかし、被相続人が「持戻しをしなくてもよい」との意思を表示した場合は、それに従います。これを「持戻し免除の意思表示」といいます。

3 本件の結論

   本件の場合、長男が持ち戻し免除の意思表示があったことの証明ができなかったときは、株式2000万円分は持ち戻しの対象となってしまいますから、父親の相続財産に株式2000万円分が持ち戻されて、それぞれの具体的相続分が算定されることになってしまいます。

   結局、次男が主張しているとおりの結果となってしまうのです。

   企業を経営する際には、目の前で直面する経営課題に対処することに忙殺されてしまって、将来発生する事業承継や相続を軽視していると、この長男のように奈落の底に突き落とされることになります。ですから、そのようなことにならないように、経営の際には常に弁護士を参謀につけて石橋を叩きつつ意思決定をしていっていただきたいと思います。(湊信明)

湊 信明(みなと・のぶあき)
弁護士・税理士
湊総合法律事務所所長。1998年弁護士登録(東京弁護士会)。約200の会社と顧問契約を締結して、中堅・中小企業に対する法務支援を中心に弁護士業務を行うほか、企業の社外取締役や社外監査役、学校法人の監事などにも就任。企業や組織の運営にも携わっている。
「濁流に棹さして清節を持す」がモットー。
2015年度、東京弁護士会副会長。関東弁護士会連合会常務理事。2017年度、東京弁護士会中小企業法律支援センター本部長代行など。
主な著書に、「勝利する企業法務 ~実践的弁護士活用法―法務戦術はゴールから逆算せよ!」(レクシスネクシス・ジャパン)「小説で学ぶクリニックの事業承継 ―ある院長のラストレター」(中外医学社)「伸びる中堅・中小企業のためのCSR実践法」(第一法規)などがある。
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