次男の言い分が正しいかも......
父親が長男に会社経営を引き継ぐ段階か、それ以降の適切な段階で、会社に対して債務免除の意思表示をしておけば、父親の会社に対する貸付債権は消滅しますから、このような結果になることは防止できたのです。
もっともこの父親は最後の5年間は進行した認知症だったのですから、このような状況になってからでは債務免除の意思表示を行うことはできません。したがって、経営者である長男としては、父親の意思能力の状況を判断しつつ、免除してもらう時期を見定めていくことが重要です。
ただし、会社が債務免除をしてもらうと、当然、会社は債務免除益を受けることになりますから、この債務免除益に対して税金が課せられることになります。この会社は、以前は債務超過の会社だったのですから、おそらく多額の繰越損失があったはずです。そうであれば、繰越損失があるときに債務免除をしてもらえば、債務免除益と相殺される形をとることができ、そうなれば課税リスクも回避できることができたはずでした。
経営者がこのような適時適切な判断を誤ると事業承継の現場では、非常に困難な局面に立たされることになりますから、十分に注意が必要です。
2 特別受益持ち戻しの要求について
今回のケースでは、株式の贈与を受けたときの株価がゼロであったものが、相続時には5000万円相当の価値になっています。このような場合、特別受益の評価額の算定は、贈与時と相続開始時のどちらを基準時とすべきでしょうか。どちらを評価基準時とするかで、遺産分割の結果は大きく違ってきますから、大変重要な問題です。
これについて検討する前提として、特別受益とは何なのか、そのように算定するのかについて学んでいきましょう。
【特別受益とは何か?】
複数いる(共同)相続人の中に、被相続人から生前に贈与を受けたり、相続開始後に遺贈を受けていたりした人がいる場合、この人が他の相続人と同じ相続分を受けられるとすれば不公平になります。
そこで、民法では、共同相続人の公平を図ることを目的として、特別受益分(贈与や遺贈分)を相続財産に持ち戻して計算し、各相続人の相続分を算定することにしています。
【特別受益が認められる場合の計算方法】
(1)被相続人が死亡し、共同相続人が相続する場合に、共同相続人中のある者が、
ア 遺贈を受けた
イ 被相続人の生前に結婚や養子縁組の為に財産の贈与を受けた
ウ 住宅資金など、生計の資本としての贈与を受けた
ときは、被相続人が死亡時に持っていた財産に特別受益者が生前もらった財産の価格を加え、その合計額を「相続財産」とみなし(これを「みなし相続財産」といいます。)、これをもとにして各相続人の一応の相続分を計算します。
(2)特別利益者の相続分については、この一応の相続分から上記(1)のア、イ、ウの特別受益分を「差し引いた残額」が、その特別受益者の具体的相続分となります。
(3)イで計算した額がゼロかマイナスになったときは、特別受益者は相続分を受け取ることができず、具体的相続分はゼロとなります。
(4)被相続人が、「特別受益者には上記(1)のア、イ、ウのような財産を与えたけれども、それは別として、残った財産を各々の相続分により相続させる」といったような持ち戻し免除の意思表示をしたときは、各相続人の遺留分を侵害しない範囲内で、その意思表示は有効となります。
【特別受益額の評価基準時は贈与時か、相続開始時か?】
相談者である長男は、15年ほど前に会社が経営危機に陥ったことから、会社経営に参加することになり、全株(債務超過で株価はゼロ)を父親から贈与されたということです。
この贈与された株式が特別受益に該当することは争いないでしょう。問題は、その後、この長男が猛然と経営改善に邁進してV字回復を果たし、父親が死亡したときの株式価値は2000万円相当となっていたという点です。つまり、相談者の長男の特別受益額は贈与時を基準としてゼロ円と評価すべきか、それとも相続開始時の2000万円と評価すべきか、ということです。
この点について、東京家庭裁判所昭和33(1958)年7月4日審判は、「903条による相続分の計算は相続開始当時の価額により計算し、この相続分の割合により分割対象の遺産を分割時の評価額により分割すべきものである。」としています。
【本件はどうなるか?】
このように遺産分割時を評価時点とすると、本件では、長男が得た特別受益額は相続開始時の2000万円と評価すべきということになります。
長男としては、自分が父親から株式の贈与を受けたときには資産価値はゼロだったものを、自分の力で2000万円の価値にまで高めたにもかかわらず、相続の段階になると2000万円の価値のある株式の贈与を受けていたと評価されて、相続財産に持ち戻されることになってしまい、まさに踏んだり蹴ったりな結論となってしまいます。