「働き方改革」が大きな社会問題になっている。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの最新テクノロジーが人間の仕事に取って代わろうとしている現在、私たちはどう働いたら幸せになれるだろうか――。
なかでも最近注目されているのが、ビッグデータをいかに活用して成長につなげていくか。そして、そうしたイノベーションの中で私たちの働き方がどう変わっていくかというテーマだ。
一般社団法人・働き方改革コンソーシアム(CESS)が2018年6月28日、東京・日本橋で開いた「デジタルイノベーション実現会議」シンポジウムの議論を紹介する。
パネリストには、政府から世耕弘成経済産業大臣、経済界からは地方からイノベーションを進めている埼玉県横瀬町の富田能成(よしなり)町長、東南アジアで事業を広げている若きベンチャー企業家の十河(そごう)宏輔氏、グローバル企業である日立製作所の中畑英信専務が参加。竹中平蔵・慶応義塾大名誉教授が進行を務めた。
アイデアで競う時代は終わった、データが社会を動かす
竹中平蔵さん「イノベーションや第4次産業革命がいわれています。一方で寿命が伸びて『人生100年時代』といわれている今、私たちはどう働き、どう学んでいけばよいのか。未来投資をうたった骨太の方針をまとめたばかりの世耕弘成・経済産業大臣に、働き方改革のポイントをまとめてもらいます」
世耕弘成さん「『骨太の方針』や『未来投資戦略2018』の中で重視しているのは、これからは『データ駆動型社会』になっていくという考え方です。ソフトやアプリのアイデアで競っていた時代から、データが物事を動かす時代に変わっていく。それに対応した成長戦略をつくらないとダメだと思い、まとめました。
特に重要なのは、『レギュラトリー・サンドボックス』(規制の砂場)という制度を導入したこと。これは現行の制度が想定していない革新的なサービスなどに適用され、企業と当局が試験的に事業を始め、まずはスタートして『走りながら考える』という仕組みです。
今までは新しいことをしようとすると、規制の壁がありました。それを徐々に緩和する方法をとってきましたが、規制に当てはまることを前提としないで進めるので、いろいろな新しいことにチャレンジしやすくなります。
たとえば現在、AIやIoTなど最先端分野で知識やスキルの陳腐化が非常に早く進んでいます。いまエンジニアとして活躍している人でも、すぐに知識が古くなり使いこなせなくなるので、適宜学び直しをしてほしい。そのためのスキル習得の講座をつくりました。
受講者には100万円の補助金が出ます。これは、まさにリカレント教育の先行事例です。現在、モノづくりの最先端に立っている人こそ、受講してもらいたい。AIやIoTの感覚が加わり、さらに新しいモノをつくっていけます」
竹中さん「働き方改革で特に伝えたいことはありますか?」
世耕さん「働き方改革は、単に長時間労働をなくすだけではなく、徹底した生産性向上とセットでないと、日本は世界に遅れます。テレワークや兼業、副業を当たり前にしないといけない。新卒一括採用もやめにしたい。人生では学ぶ、働く、休む、を繰り返し、必要とあらば堂々と2、3年休む。そして学び直して、また働くという、直線的ではなくマダラな生き方をする時代にしたいですね」
地方こそイノベーションの担い手になる
竹中さん「若手起業家の十河さん、シンガポールでは何をしているのですか? また、海外から日本を見てどう思いますか」
十河宏輔さん「AIの技術を使い、マーケティングや、企業とインフルエンサー(購買意思決定に影響を与える人)とのマッチング事業をしています。社員はミレニアル世代の若い人ばかり。テクノロジーの進化がすさまじく早いので、常に新しいことをやり続けて成長しないと追いついていけない。起業して2年ちょっとですが、事業モデルが常に変わっています。
7年間海外に居て、日本は浦島太郎状態ですが、ユニークな点がメチャメチャ多い。たとえば、新卒一括採用がそうです。海外ではインターシップから直接入社するから、ほとんどない。そもそも会社の1年後の業績など予測もできないし、事業も変化するので、新卒者を一括で採用するのはリスクが高い。p>
それに僕らはベンチャーなので、社員は全員どんどん働いて自分も成長したいと思っている。僕が別に強要しなくても、働くことに喜びを感じている連中ばかりです。残業しているという意識はないのに、日本に帰ってくると、『働き過ぎるのはよくない』と言われます」
竹中さん「日本では過労死の問題が深刻で、働き過ぎを何とかしないというのは事実ですが、1日8時間労働でベンチャーを成功させることは絶対できない。そこをどうするか、議論するべきでしょう。富田さん、地方から見て働き方改革をどう思いますか?」
富田能成さん「私が町長を務める埼玉県横瀬町は人口8370人、3300世帯。小学校は一つしかなく、児童の名札を見ると、父親の顔が思い浮かぶ。そんな規模の小さな町だからこそ、イノベーションの大切な担い手になると確信しています。
なぜなら、地方は人口減少と高齢化が進んでいる。わが町の人口も20年後には5000人になり、3軒に1軒が空き家になります。町を変えていかなければという危機感が、全員で共有できているのが強みです。
町なかの資源だけでは足りないので、外から新しいものを入れないと改革できない。たとえば、携帯電話の普及も固定電話があった所よりなかった所のほうが早い。何もない地方のほうがイノベーションを起こしやすいのです」
竹中さん「富田さん、本当に地方に危機感がありますか? 地方交付税に安泰して、何もしない自治体は多いし、地方がイノベーションを阻害している例もあります。たとえば、民泊なんか京都市が認めないわけです」
富田さん「地方の危機感には分水嶺があり、『消滅可能性都市』に指定されるかどうかがカギです。横瀬町も2014年に指定されてから、町民の意識がガラリと変わりました。イノベーションを進めるうえで苦労するのは、住民間の情報格差です。インターネットに触れるか触れないかで、はっきり断層がある。ネットにふれない人にいかに危機感を訴えるかが大事です。小さな町ほど、住民のコンセンサスが得やすく、情報の入れようで劇的な変化が起こります」
世耕さん「富田さんのいうとおり、地方はこれから第4次産業革命のチャンスです。東京の日本橋で自動運転車やドローンの宅配をテストするのは難しいが、人が少ない地方では何の問題もない。しかも、高齢化で買い物が難しく、タクシーやバスがないのでニーズがある。地方は貴重な実践の場になります」
いい製品をつくれば儲かるビジネスは通用しなくなった
竹中さん「中畑さん、日本の成長戦略を担う大企業の立場からいかがですか」
中畑英信さん「日立製作所は2008年に7800億円の大赤字を出しました。その経験から働き方改革をやらないと世界に負けることがよくわかりました。
日立では、日本に16万人、海外68か国に14万人の合計30万人の従業員がいます。私は毎日スカイプで外国人トップと話していますが、彼らとの間で働き方のギャップを感じます。彼らと一体になるのに一番大切なのは、成果主義です。だから、高度プロフェッショナル制度の導入が決まったのは非常にありがたいです」
竹中さん「産業界でイノベーションを進めるには、企業の新陳代謝が必要です。前回のフォーラム(2018年2月20日)で日本野球機構の斉藤惇コミッショナーが、東芝の凋落は若手技術者の発明を経営者が理解せず、海外メーカーに渡ったことが原因だと指摘した。経営者と社員の世代間ギャップによって、若手のアイデアを経営者がつぶしてしまう側面があるのではないですか?」
中畑さん「それはあります。事業自体が大きく変わってきています。我々の世代がやってきた仕事は、強くていい製品をつくり、取引先に届けることでした。現在は、『製品がよければ勝てる』というビジネスはもう終わりました。
では、何が求められているか。社会の課題、お客さんの課題、しかも将来の課題......。それらを探してきて、日立の技術を使ってサービスで解決する。経営者がそこの理解を変えないと、若い世代をつぶしてしまいます」
竹中さん「そういう風に日本の大企業が変わりますか?」
中畑さん「変わらないと、私たち、死にます。7700億円の赤字で痛い思いをしたのは、あまりに製品の強さに頼り過ぎ、投資を注ぎ込んだからです」
竹中さん「世耕さん、『データ駆動型社会』になるとのお話がありましたが、今年1月のダボス会議でもメルケル独首相が『これからの経済成長はビッグデータの戦いになる』と発言していました。しかし、ビッグデータはキャッシュレスにならないと集まらない。アリババの人と話すと、アリババ1社で年間300兆円ものキャッシュレス決済をしているそうです。キャッシュレスの比率は韓国9割、北欧7~8割、中国6割、米国5割、そして日本は2割で非常に遅れている。大丈夫ですか?」
個人データを1人87ギガバイトも持っているグーグル
世耕さん「日本のキャッシュレス化が遅れたのは、クレジットカード業界の仕組みが複雑で、小売店が支払う手数料が約4%と異常に高いことにあります。だから、小売店は現金のほうがいい。現在、日本人の購買データを海外のプラットフォーマーが虎視眈々と狙っています。ここを守らないと、彼らに個人顧客データを完全に持っていかれます。
先日、日経ビジネス(2018年5月28日号)の記事を読んで衝撃を受けました。記者が『私の個人情報を開示しろ』と、プラットフォーマーの日米大手7社(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、ヤフー、LINE、楽天)に申し込んだ。すると、グーグルとフェイスブックが開示に応じたが、何とその情報量たるや、グーグルで87ギガバイト、フェイスブックで40ギガバイトもあった。検索履歴はもちろん、自分が何月何日何時にどこにいたという位置情報まで全部把握されていた。いったい彼らのデータベースはどうなっているのか。
ただ、日本にも一つだけ溜め込んでいるビッグデータがある。企業同士の取引情報です。非常に質が高いのに放っておかれている。企業、業界、国境を超えて大いに価値をもたらすと思います。このビッグデータをAIに食べさせることによって、製品やサービスの品質を高めていくことができると期待しています」
十河さん「日本は圧倒的にキャッシュレスが遅れています。特に地方に行くとひどい。タクシーに乗ると絶対現金です。これだけ経済が発展しているのに現金主義の国は、世界にほかにない。JRのスイカはキャッシュレスだが、データ活用ができていない。もったいないなあと思いますね」
竹中さん「みなさん、働き方改革では何から始めますか?」
中畑さん「まず本人が変わらないとダメです。会長の中西宏明の言葉ですが、日本人に『君は優秀だから上のポストをやらないか』と言うと、たいてい『いえ、まだ結構です』と遠慮する。米国人に『誰かやらないか』と言うと、出来もしない人間が手を挙げる。どっちが会社を強くするか。日本人は優秀でも課長のままで、チャレンジをしない。米国人は今できなくても、上の役職に必要なスキルを一生懸命自分でつくろうとする」
十河さん「伸びている国、インドネシアやフィリピンの若い人は、めちゃめちゃ仕事へのモチベーションが高い。『これやってみないか』と聞くと、『絶対やります!』という。経験や知識がなくても、やり切るぞというパッションを持っていますよ」
富田さん「地方にいると、働く概念が中央とは違うと痛感します。役場に90人の職員がいるが、みんなマルチタスクを持っています。本業の公務員のほかに、消防団員、体育指導員、PTA会長だったりする。それらは『やらされ仕事』ではなく、みんな大好きで、けっこう楽しくやっています。やっていて楽しいとかやりがいがあるとか、内発的な働く動機が大切です」
(記者:福田和郎)
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フォーラム参加者プロフィール(発言順)
●竹中平蔵(東洋大学教授・慶應大学名誉教授)
日本開発銀行を経てハーバード大学客員准教授、経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣、郵政民営化担当大臣等を歴任、未来投資会議メンバー。
●世耕弘成(経済産業大臣・参議院議員)
早稲田大卒、米ボストン大大学院修了。NTT勤務を経て1998年、参議院議員(現在4期目)。総務大臣政務官、首相補佐官、自民党幹事長代理など歴任。
●十河(そごう)宏輔(AnyMind Group Limited共同創業者兼経営最高責任者)
2010年日本大学卒、マイクロアド入社。18年AIを活用、SNSでフォロワーの多いインフルエンサーを広告宣伝に使いたい企業と直接マッチングするビジネスを起業。現在、東南アジアを中心に12拠点で事業を展開。
●富田能成(よしなり)(埼玉県横瀬町町長)
国際基督教大卒、日本長期信用銀行勤務を経て2015年現職。16年、地方創生や新しい公共サービスにつながるアイデア、先進的プロジェクトを持つ企業や個人を町に呼び込む官民連携プラットフォーム「よこらぼ」を設立。
●中畑英信(日立製作所代表取締執行役員専務)
九州大卒、日立製作所入社。グローバル事業本部経営企画部長などを経て、2018年CHRO(取締役人事部長)兼人財統括本部長。