卒業文集に書いた「走り屋」の夢
そんなKくんの夢は、峠を走り抜ける「走り屋」。先生に「走り屋っていうのは職業じゃないから、やめなさい」と言われても、卒業文集には「○○のクルマ(←いかにも速そうなヤツ)に乗る走り屋になりたい」と書いてはばからなかった。
理系の大学生になると、アルバイトで貯めた20万円で中古のオンボロ小型車を購入。それを合法な限り改造して、小型車なのに異様なほどスピードの出るオリジナルバージョンに変身させた。
私は10年ほど前に一度乗せてもらったが、Kくんの仕事によってオンボロカーは驚くほどの変貌を遂げていた。大阪から石川まで、普通の人なら頑張っても3時間はかかる道のりを、なんと2時間ちょっとで走り抜けたのである。確か、法定速度は守っていたはず......。
「今からこのクルマで、あのアウディとクラウンを抜くよ~」と言い、オンボロ車でブーーーン!! と2台抜きする瞬間、Kくん(22歳)の目はキラキラ輝いていた。
そして今、彼は32歳。自動車関連の企業に務める高給サラリーマンとなり、ランボルギーニのオーナーになった。休みの日にはサーキットで、ヴォーーン!と思いっきりスピードを出しているという。場所は峠でなくとも、文字どおりの「走り屋」だ。
「正直、女性には理解できない趣味かもしれないけど、クルマはオレの人生なんや」(Kくん)
家族と住むマンションを買うより、乗り心地が最高なランボルギーニを買うことが喜びだから、一生独身でいいそうだ。私も独身主義だから話は合うけれど、正直、彼のようにウン千万の高級車を手に入れるために働こうとは思えない。
「これが私の人生だ」とまで誇れる趣味はないし、手に入れたい高級なモノがない。今欲しいものは、小型のフライパン(IH対応)だ。あと、傷が早く治る絆創膏もほしい。私の欲望は、せいぜいドンキの店内ですべて叶えられてしまう。だから欲望を叶えても、浅い刺激しか生まれない。
それに比べると、彼の欲望は「強度」がすさまじい。「クルマはオレの人生」と言い切り、少年時代から欲しかったクルマを手に入れるために歩むKくんの足跡は、きっと私より深いだろう。
今までは「高級車なんて」と思っていたが、彼の徹底したハマりぶりが心底羨ましくなってきた。糸井重里の名コピーじゃないけれど、今の私は「ほしいものが、ほしいわ。」状態なのである。
いいなあ、高級車。(北条かや)