摩訶不思議!? 政府の高齢者雇用対策(その3) 在職老齢年金制度をご存じか(鷲尾香一)

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   高齢者雇用を普及させるのは、簡単でははい。そもそも、国の制度にすら高齢者雇用に関連する致命的とも言える欠陥がある。

   さて、在職老齢年金制度をご存じだろうか――。

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働くと年金額が減らされる?

   在職老齢年金制度は、働きながら年金を受け取ると、年金以外の所得額に応じて、年金支払い額が減額、または支払い停止になるという制度だ。

   60歳以上65歳未満の場合には、年金とその他の収入の月額合計額が28万円を超えると年金の支払額の減額が始まる。詳細は割愛するが、年金以外の収入が月額約50万円になると年金は支払い停止になる。65歳以上では、同様に年金とその他の収入の月額合計額が46万円を超えると年金の支払額の減額が始まる。

   つまり、60歳定年以降は、働いて収入が増加すればするほど、「受け取れる年金額が減少する」仕組みだ。

   厚生労働省の説明では、「そもそも年金制度は退職して収入がなくなった後の所得を保障するため作られた制度。このため、退職をしていない、在職状態の場合には年金を減額する制度設計になっている」のだ。

   年金をもらいながら、頑張って働き、老後の豊かな生活を形成しようと考えていても、働いて所得を得れば年金が減額されるのであれば、「働かないほうがいい」と思う気持ちが生まれても仕方がない。

   百歩譲って、現在の公的年金の受給開始年齢は原則65歳だから、65歳未満までの在職老齢年金制度は我慢するとしても、65歳以降も在職老齢年金制度が適用されるのであれば、働く意欲を阻害する要因の一つとなっているのではないだろうか。

70歳引き上げで、年金受給額は年間42%増える

   じつは、政府はこの問題に対しては見直し検討を行う方針を打ち出している。ただ、現在、在職老齢年金制度により、支払いが停止されている高齢者約126万人の総額は約1兆円にも及んでおり、制度を見直して年金の支給をするようになれば、最大で約1兆円の資金手当てが必要になる。

   さて、もう一つの問題点だ。年金の受給開始年齢を遅らせると、月々の年金受給額が増加することをご存じの人も多いだろう。政府のPRなどでよく出てくる例は、受給年齢を5年間遅らせて70歳からの受給にすると、1年間の年金受給額は42%増加するというもの。

   確かに、国が年金として支払う金額は42%増加する。しかし、手取りベースの年金額は、42%は増加しない。年金も所得なので、所得税もかかるし、住民税もかかる。介護保険料などの社会保障費の負担もある。実際に年金受給を5年間遅らせて70歳にした場合、年金所得が42%増加することで、65歳から年金を受給している人よりも税金や社会保障費の負担額が多くなるのだ。

   ある生命保険会社の試算によると、受給開始を5年間遅らせて70歳から年金を受け取った場合、単純に支払額が42%増加したとすれば、65歳から年金の受給を開始した人と差が埋まり、年金受取額の総額が同じになるのは82歳だった。2017年の男性の平均寿命が81.09歳だから平均寿命以上は生きなければ、年金の受取総額は同じにならない。

   これでは、70歳まで働く意欲は削がれる。そのうえ、彼の在職老齢年金制度まであるのだから、「なるべく早く年金をもらって、年金が減額しない程度の小遣い稼ぎで仕事をするのが、一番無難」(大手銀行の退職者)との考えにも頷けるものがある。

   結局、現行の国の制度自体が高齢者雇用の、高齢者が働く意欲を阻害する要因にすらなっている。高齢者を十分な労働力として使い、豊かな老後を過ごすためにも、この欠陥は早急に改善する必要がある。(鷲尾香一)

鷲尾香一(わしお・きょういち)
鷲尾香一(わしお・こういち)
経済ジャーナリスト
元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで、さまざまな分野で取材。執筆活動を行っている。
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