70歳引き上げで、年金受給額は年間42%増える
じつは、政府はこの問題に対しては見直し検討を行う方針を打ち出している。ただ、現在、在職老齢年金制度により、支払いが停止されている高齢者約126万人の総額は約1兆円にも及んでおり、制度を見直して年金の支給をするようになれば、最大で約1兆円の資金手当てが必要になる。
さて、もう一つの問題点だ。年金の受給開始年齢を遅らせると、月々の年金受給額が増加することをご存じの人も多いだろう。政府のPRなどでよく出てくる例は、受給年齢を5年間遅らせて70歳からの受給にすると、1年間の年金受給額は42%増加するというもの。
確かに、国が年金として支払う金額は42%増加する。しかし、手取りベースの年金額は、42%は増加しない。年金も所得なので、所得税もかかるし、住民税もかかる。介護保険料などの社会保障費の負担もある。実際に年金受給を5年間遅らせて70歳にした場合、年金所得が42%増加することで、65歳から年金を受給している人よりも税金や社会保障費の負担額が多くなるのだ。
ある生命保険会社の試算によると、受給開始を5年間遅らせて70歳から年金を受け取った場合、単純に支払額が42%増加したとすれば、65歳から年金の受給を開始した人と差が埋まり、年金受取額の総額が同じになるのは82歳だった。2017年の男性の平均寿命が81.09歳だから平均寿命以上は生きなければ、年金の受取総額は同じにならない。
これでは、70歳まで働く意欲は削がれる。そのうえ、彼の在職老齢年金制度まであるのだから、「なるべく早く年金をもらって、年金が減額しない程度の小遣い稼ぎで仕事をするのが、一番無難」(大手銀行の退職者)との考えにも頷けるものがある。
結局、現行の国の制度自体が高齢者雇用の、高齢者が働く意欲を阻害する要因にすらなっている。高齢者を十分な労働力として使い、豊かな老後を過ごすためにも、この欠陥は早急に改善する必要がある。(鷲尾香一)