社史の重み
翌週、N社長に会うと、神妙な顔つきでこんな話を切り出しました。
「私は元々家業に無関心だったので、会長の手書き社史に書かれた内容は知らないことばかりでした。祖父が崇高な思いで事業を始めた話、命からがら満州から子供だった父を連れて日本に戻った話、戦後無一文からの再出発を支えたのも日本もものづくりでの戦後復興を支援したいという思いだった話......。
会長の口癖である『お前は何もわかっていない』という言葉が、はじめて身にしみました。無理やり家業に引き釣り込まれて、一からまったく違う会社につくり変える気でいた私ですが、それは違うと反省しました」。
N社長はこの一件の後しばらくして、ちょうどI社が創立80周年迎えるのを機に、手書き社史を印刷物にして全社員に配布し、周年行事として歴史を学ぶパーティーを開催して社員全員で自社の歴史の重みを共有しました。
「私だけじゃなく、おそらく社員一人ひとりも詳しくは知らないであろう自社の誇るべき歴史を知って自信をもってもらい、これからの行動指針として欲しいと思いました」
あれから数年が経ちました......。
新規事業は社長の独断ではなく、会長はじめ社員に意見も求めつつ創業の精神の下で立ち上がり、全社員の理解と努力によって順調に軌道に乗っています。たかが歴史、されど歴史。自社の歴史は、社長自らがしっかり理解し社員と共有して欲しい、隠れた経営資源なのです。(大関暁夫)