前回の当コラム(2018年7月5日付)で、円は絶対レベルで見ればかなり割安ですし、貿易戦争の最中でもありますが、それでも円安に進む可能性について言及しましたが、ジリジリと円安が進み始めてきました。
今回の円安は「理由がない」「論理的ではない」など、さまざまなことが言われており、困惑している人も多いようです。しかし、これはアベノミクス開始からある程度想定できた、将来的に避けがたい円安のスタートなのかもしれません。
ファーストステージは「アベノミクス相場」
セカンドステージと書きましたが、ファーストステージは、いわゆるアベノミクス相場です。政権交代、日本銀行の超金融緩和政策がその背景でした。2度にわたる日銀による超金融緩和策、「バズーカ1」「バズーカ2」を経て、ドル円相場は2012年秋の75円前後から2015年初夏の125円前後へと約50円も上昇しました。あまりにも強烈な上昇だったので、さすがに黒田東彦総裁も「実質実効レートではこれ以上の円安はない」と発言し、125円台で円安を止めました。その後は上昇相場の調整に入り、50円上昇の約半値、約25円下落し100円前後へ軟化しました。
この調整期間に、日銀は短期金利をマイナスにし、YCC(イールドカーブ・コントロール)によって長期国債もゼロ%近辺にて固定化しました。金融緩和をさらに進めましたが、それで円安になったわけでもないですし、日本のインフレ率が2%のターゲットに近づいたわけでもありません。
一方、米国はトランプ大統領が登場。大規模な法人税減税を実現し、貿易戦争を仕掛けてきました。
この3年間ほどは、それほど相場が動いたわけではないのですが、今後の長期円安に向けた下地がつくられました。特に米国の法人税減税のインパクトは大きく、日本企業は常に国内に投資するか、海外に投資するかという選択を迫られますが、米国の大規模な法人税減税と高齢化による縮小する国内経済の現実の前に、日本に投資するという選択肢がほぼなくなりました。
企業は積極的に外に出るしかなくなったのです。本邦企業によるM&Aが今年、過去最高となりましたが、この傾向は続くでしょう。
それでも日本は金利を上げられない!
今後は、ジリジリと円安にシフトするものと思われます。少し円安にシフトすることは日銀にとっても、日本国民にとってもハッピーなことかもしれません。
しかし、日銀は日本政府の負債のかなりの部分を背負い込みました。それは財政ファイナンスではなく、金融緩和なのだと日銀は説明します。そうかもしれません。ただ、その結果、市場の調整機構は失われ、日銀が日本国債の価格リスクのほぼすべてを背負い込んだことになります。
もし仮に、さらに円安が進み、金融引き締めが必要と判断されたらどうなるでしょう。日銀は多少、金融引き締めには動くでしょう。しかし、大胆に積極的な引き締めには動けません。金利が上昇すると、日本国債の価格リスクがすべて日銀に降りかかって来るからです。
また、政府も現状のほぼゼロ金利で資金調達ができるという状況に慣れすぎてしまいました。何事にも「コスト」はあります。無謀な超金融緩和のコストが、今後とてつもないリスクになります。金利を上げると、金利支払いが巨額になり、政府があっという間に破綻してしまうことになります。
政府・日銀ともにリスクを背負い込み過ぎました。日本は金利をどうしても上げることができません。そのことが見えているので、円安投機やり放題になります。その結果、想像以上のレベルに円安が加速し、日銀も政府もそれを止める手段を持ってないことが明らかになります。
そういう未来が見えてきた、それが最近の円安の背景の一部です。(志摩力男)