前回に引き続き、ワールドカップ(W杯)関連の話題です。日本代表チームの活躍が、予想外に素晴らしかったこともあってか、いまだに行く先々でサッカー日本代表ネタが絶えません。
先週お目にかかったA社長が切り出したW杯ネタは、日本代表の1次リーグ最終戦対ポーランド戦での「パス回し」の是非についてでした。
西野采配にブーイングの嵐
みなさん、すでにご承知のことと思いますが、この試合で日本代表チームは0-1で負けていたにも関わらず、後半残り10分、同時刻にゲーム進行していたコロンビア対セネガル戦で、セネガルが0-1で負けているとの報が入るや、日本は試合に負けてもこれ以上の失点がなければフェアプレーのポイント差でグループ2位が確定し、決勝トーナメント進出が確定するという状況に。そこで西野監督が選手にタイムアウトまで「パス回し」での時間稼ぎを指示。そのことに対する是非問題が、メディアでも喧々諤々議論になっていました。
当然、観客からはブーイグの嵐でしたが、試合の残り時間に勝利を目指さず、時間稼ぎでの決勝トーナメント進出という、スポーツマンシップからみてフェアじゃない印象がありながらもルール違反ではない、という点が賛否を呼んだポイントであったと思われます。
A社長曰く、
「元サッカー選手の評論家たちは、盛んに『あれも戦略のひとつであり、ほめられたものではないかもしれないが、責めに値するようなものでもない』と、西野監督の肩を持っていたけれども、私は監督と同じく組織を指揮する立場にある者の一人として感心しません。ルール違反でなければ何をやってもいいという考え方はモラル的にどうなのかと、経営者たる自分の立場に置き換えて考えてみると、そう言いたくなってしまいます」
ふだんから正義感の強いA社長の言い分は、聞いていると納得性が高いです。しかし、私はその時、社長がビジネスとの比較を持ち出してくれたことでむしろ、「パス回し」のような戦術はスポーツだから許されてもいいのかなと思いました。
スポーツとビジネスでは、同じには扱えない土俵の違いがあるのではないか、ということがありそうに思ったからです。
松井秀喜選手、甲子園5打席連続敬遠の賛否は?
サッカーはあくまでスポーツ。スポーツは相手のあるものと言え、相手とはあくまで対等な関係です。一方、ビジネスでは一般的にこちらが売り手ならば、相手は買い手。言い換えれば、おカネの支払い手と受け取り手が存在するという点が異なっているわけで、これはかなり大きな違いに思えます。
おカネのやりとりが絡むのと絡まないのとでは、モラルの扱いもやはり違うのではないかと思えるわけです。
スポーツには個別ルールがあり、企業活動にはビジネスルールにあたる法令が存在します。そして企業には、法令にとどまらないモラル的部分までを包含したコンプライアンスが求められています。
それはなぜか――。ビジネスがおカネのやり取りを抜きには考えられないからであり、コンプライアンスは基本的におカネを受け取る側にのみ求められるという違いも発生します。その点は忘れてはいけない重要な相違点のように思えました。
そんなことを考えながら、今回の「パス回し」と似た話をひとつ思い出しました。プロ野球元巨人軍の松井秀喜選手が、高校時代の甲子園出場時に相手チームから受けた5打席連続敬遠の話です。
この時の相手チーム監督がとった敬遠策に対し民間放送局が、「許せる」「許せない」を尋ねたアンケート調査をしたことがありました。結果は50対50のまったくの半々になったそうです。この調査からは、スポーツにおいてルール違反でない行為が、ある意味モラルにかかわるような行為であっても、その善し悪しの受け取め方は、人によって異なるものなのだということがわかります。すなわち正解はなく、議論しても平行線なのです。
ビジネスには「明確な正解」がある
ならば、やはりビジネスにおけるコンプライアンスは似て非なるものです。たとえば、仮に法律に違反はなくとも、弱者をいじめるようなビジネスモデルがあれば、それは確実に多くの人から非難の対象になるでしょう。つまり、ビジネスにおける売り手サイドのモラルを問われかねない行為や戦略は、わが国ではコンプライアンスという概念が浸透して以降、基本的に誰が考えてもアウトだからです。ビジネスには、明確な正解があるのです。
私はそんなことを頭の中で考えながら、「いや社長、スポーツとビジネスでは土俵が違いませんか」と答えたのですが、社長は私の発言に即答で熱っぽく反応します。
「スポーツだろうとビジネスだろうと、ダメなものはダメだよ!」
私と社長で意見が食い違っているのは、あくまでスポーツの部分だけ。もしビジネスの部分の意見が食い違っていたなら、それはA社長の経営姿勢に関わる問題なので、こちらもムキになってでも反論するところですが、その必要もありません。
松井選手の調査のとおり、スポーツの戦略に対する受けとめ方は人それぞれなのですから。「なるほど、社長のおっしゃる通りかもしれませんね」、として、この話題は終わりにしました。(大関暁夫)