国会の会期が2018年7月22日まで延長され、働き方改革関連法案の焦点である「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)の審議が大詰めを迎えている。
年収1075万円以上のアナリストなどの専門職が対象といわれるが、大手新聞でも、残業代がゼロになることから「過労死につながる」と批判する会社がある一方、IT化時代の新しい柔軟な働き方で「生産性の向上につながる」と評価する会社があり、賛否が真っ二つに割れている。
いったい、「高プロ」とはどんな制度で、何が問題なのだろうか。朝日、読売、毎日、日本経済、産経、東京(中日)の大手6紙の社説を読み比べた。
賛成派と反対派では、法案の呼び方まで違う
「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)は、証券アナリストやコンサルタント、研究開発者など高度な専門知識を持ち、一定の年収がある人を労働基準法の労働時間規制の対象から外す制度だ。
自公与党や一部野党は「労働時間ではなく成果によって評価されるうえ、自分の裁量で働く時間を選べるので生産性があがる」と期待。一方の野党は、対象者が残業や深夜・休日労働をしても割増賃金が払われなくなるため、「残業代ゼロ法案で、無制限に働かされるため、過労死する危険が高まる」と批判する。
そもそもの発端は、2005年に日本経済団体連合会(日本経団連)が表明した「ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)に関する提言」。高プロと同様、専門職を残業代ゼロの対象にする制度で、当時は企業の総務、経理、人事、法務などのホワイトカラー労働者で、年収400万円以上を想定していた。
第1次安倍政権が2007年に導入を目指したが、野党などから「働きすぎを助長する」という猛批判を浴び、法案の転出が見送られた経緯がある。「高プロ」は、経済界の長年の悲願を受けた「WE」の衣替えといえる。
今回、大手6紙の社説の論調を読むと、朝日、毎日、東京(中日)が反対派、読売、日経、産経が賛成派とはっきり分かれる。それは、「高度プロフェッショナル制度」を、「高プロ」以外にどう略称で呼ぶかを見ると、象徴的に表れている。反対派は、東京(中日)がそのものズバリ、野党と同じ「残業代ゼロ制度」と呼ぶのに対し、賛成派は、読売、日経が「脱時間給制度」と呼んでいる。「脱時間給」とは、「残業代を含む時間給にとらわれず、成果主義で報酬を得る」という意味を強調する狙いがあるとみられる。ちなみに、朝日、毎日、産経は「高プロ」だ。
反対派「働き過ぎに歯止めが利かず、過労死に」
反対派はなぜ「高プロ」に批判的なのだろうか――。それは「高プロ」が導入されれば、労働基準法32条で定める「1日8時間、週40時間を超えて労働させてはならない」という規制の対象から外され、法律上、1日何時間でも働かせてよくなり、働きすぎに歯止めが利かなくなることを危惧するためだ。
「高プロで最も問題になっているのは、会社の残業代の支払い義務をなくして、際限なく働かされることにならないだろうかという点だ。深夜・休日労働の割増賃金について、厚労省は国会で、働く人に負荷が高い働き方を抑制する目的と認めている。その規制すらなくして、どうやって働く人を守るのか。政府は、働く時間を自ら決める裁量のある人に限られると強調するが、多くの職場では仕事量は自分で決められない。つい先日も、テレビ局の50代の管理監督者らが過労死認定されたではないか」(朝日・5月21日付)
こうした批判を受けて、政府・与党と一部野党は、「高プロで働くことを会社側と合意した人が、自らの意思で撤回できる」という規定を盛り込む修正案を出した。ただ反対派は、これにも不十分と指摘する。
「専門職とされていても、日本の雇用慣行では上司の意向に逆らえない人は多いだろう。後で撤回したくなっても、会社との力関係で言いにくい人も出てくるのではないか。高プロの適用には本人の同意が必要なうえ、労働組合と会社側との協議を経なければならない。しかし、労組がチェック機能をどこまで果たせるか疑問だ。経営者側は残業時間制限による労働力不足、非正規雇用の賃上げによるコスト増を埋め合わせるため、高賃金の社員に高プロを適用することを考えるだろう」(毎日・5月23日付)。
働きすぎに歯止めが利かなくなると同時に、それをチェックする労働基準監督署が労働時間を把握しにくくなる問題点も指摘されている。
「長時間労働規制の枠から外す働き方になれば際限なく働くことになる。労働時間把握がされないと、(過労死が起きても)労災認定もされにくくなる」(東京・5月23日付)。
「高プロのモデルである米国のホワイトカラー・エグゼンプション(WE)を現地調査した三浦直子弁護士はこう語る。『残業代を支払わなくてよいなら、使用者側は間違いなく長時間働かせる。そして本来適用されない人にまで拡大していく。米国ではWEが低賃金労働者にまで著しく拡大、長時間労働と健康被害の蔓延により規制強化に動いています。日本は明らかに逆の方向へ進もうとしているのです』。働き方とは、企業の労使が自発的に決めるべき慣習。本来、政府が制度や法改正して上から決めるのは不自然」(中日・5月13日付)。
賛成派「労働生産性を引き上げ、本人の能力も磨ける」
その一方で、賛成派は「この制度は先進諸国で見劣りのする日本の労働生産性を引き上げる意義がある。今国会の審議日程はかなり窮屈だが、確実に法案を成立させるべきだ」と、最も熱心に推進しているのが日経(5月28日付)だ。
同紙はこう強調する。
「目を向けるべきは脱時間給(=高プロ)を設ける意義である。ITの普及など産業構造の変化を背景に、ホワイトカラーの仕事は成果が労働時間に比例しない傾向が強まっている。成果重視の新制度は企業の国際競争力の向上に役立つ。個人が自分の能力を磨き、労働市場での価値を高めることにもつながる」
と、企業側と労働者側双方に利点があるとしたうえで、野党や反対派新聞が指摘する「過重労働」の問題は、次のように心配はないという
「対象者の健康を懸念する声があるが、政府が労働組合の意見を受け入れ、対策を補強してきた。連合が要請した年104日以上の休日取得の義務付けなどを全面的に法案に採り入れている。健康を守る一定の対策は講じられているとみていい。各企業も労使が話し合って健康確保策を充実させるべきだ」
読売も同様に、法案の修正によって「働く人の安心感につながろう」と、健康面の不安は払しょくされたとの立場だ。むしろ、「立憲民主党などは『長時間労働を助長する』と批判し、脱時間給(=高プロ)の削除を求めている。いたずらに働き手の不安をあおる姿勢は疑問だ。国民の支持は得られまい」(6月1日付)とまで言い切る。
そして同紙は、法案の意義について、「新制度は為替ディーラーなど高所得の一部職種を労働時間の規制から外し、成果で評価する。働き方の自由度を高め、効率化を促す仕組みは時宜にかなう」と強調した。
産経も「働き過ぎを防止する仕組み」はすっかり整ったとの立場にある。
「労使による合意や本人の同意を適用する条件にしている。予想に反して過重な労働を強いられた場合は、従前の労働条件に戻れることを追加した。104日以上の休日を与えるなどの健康確保措置を義務付けた。仕事の多様化に対応し、効率的な働き方を促す制度である。生産性を高め、日本経済の成長向上に資する」(5月28日付)
としている。
欧米には「社員の幸福担当職」がある......
ところで、対象者の年収は「1075万円以上」であり、職種は「為替ディーラー」「証券アナリスト」などと報じられているが、あくまで国会審議の中で政府側がそう答弁しているだけで、実際の法案の条文にそう明記されているわけではない。具体的な年収・職種などは法案成立後に政令、省令などで決まる。
「年収1000万円以上だから、私は関係ないや」という働き手は少なくないだろうが、年収については法案には、厚労省が作成する「基準年間平均給与額」の3倍の額を「相当程度上回る水準」と明記されているだけ。つまり、労働者の平均年収の約3倍以上という、かなりあいまいな表現なのだ。
野党からは「厚労省が、年間平均給与額の統計にパート労働者を加えれば、相当低い額になる」と批判を浴びている。統計上のトリックで、数百万円の年収でも対象者になりうるというわけだ。
また今後、法改正がされれば、「3倍」が「2倍」になり、日本経団連が当初目指した「年収400万円以上」に近づく可能性がないわけではないのだ。
中日新聞は「『働き方改革は必要? 週のはじめに考える』」(5月13日付)でこんな論調を載せた。
「福井県の『ウエマツ』という染色メーカーは従業員45人の小さな会社だが、全国コンテストで最高賞をとるなど加工技術に実績がある。右肩上がりの経営を続ける秘訣を植松信行社長に聞くと、こんな答えが返ってきた。『心がけているのは、社員が仕事が好きになる環境づくり。経営者の仕事は人件費を増やすことだ』。多くの経営者は、乾いたタオルをさらに絞るように『人件費削減』と叫んでいる」
「欧米では、社員が幸福に働けるよう専門的に取り組む役職を設ける企業が増えている。CHO(チーフ・ハピネス・オフィサー)という役職で、米グーグルなどIT企業に広まっている。焦点の高プロに目を転じると、財界、つまり働かせる側の論理が優先されて、こうした働く人の幸せなど置き去りだ」
高プロをめぐる、国会の審議をしっかり見守りたい。