地方銀行のスルガ銀行で、サブリースローンと言われる不動産投資融資に端を発し、リスクの高い融資案件が内部不正により大量に審査を通していたなど、組織ぐるみの不正行為が明らかになり、問題化しています。
スルガ銀行といえば、マイナス金利に喘ぐ地方銀行界にあって、独自のビジネスモデルで高い収益を上げ監督官庁である金融庁からも「優良地銀」の手本のように持ち上げられてきた銀行です。貸出金利が比較的高い個人ローンの残高を伸ばすことで地銀ナンバーワンと言われる収益を稼ぎ、「優良地銀」の地位を築いてきたのです。
常識では考えられない現象の裏にある「心理」
不正のメカニズムはじつに簡単です。順調に収益を積み上げることで、収益ナンバーワン地銀の地位を確固たるものにし金融庁の「おぼえ」もますますよくしたい。そんな思いから収益増強というトップの大号令が、無条件に部下たちを高収益融資実行に向かわせ、書類改ざんなどによるザル審査状態をつくり上げたと言えそうです。
この手の組織ぐるみ不正の問題、特に大手企業で業種を問わず続発しているように思えます。たとえば、東芝の不正会計やタカタのエアバック事故問題。どちらもスルガ銀行のケースと同じく、本来はやってはいけない対応をしていたり、やるべき対応を怠っていたりすることで、最終的に経営を揺るがすような大問題に発展すること至ってしまうのです。
これらの常識では考えられない現象の裏にある心理は、1979年に心理学者であり行動経済学者のダニエル・カーネマン氏と心理学者のエイモス・トヴェルスキー氏によって提唱され、カーマン氏が(トヴェルスキー氏の死去後)ノーベル賞を受賞した「プロスペクト理論」で説明できるように思います。
プロスペクトとは、直訳すれば「期待、予想、見通し」といった意味があり、彼らの理論は人間の期待や見通しに関する行動心理を分析し、体系立てたものだと言えます。
「プロスペクト理論」説明実験の一例をみてみます。
ケース1 3つの工場と6000人の従業員を抱えるX社が経営危機に陥りました。
プランA:3つのうち1つの工場と、2000人の職を救うことができる。
プランB:3つのすべての工場と6000人全員を救える可能性が3分の1。しかし、工場も職もまったく救えない可能性が3分の2というリスクもある。
この調査では、80%の経営者がプランAを選択しました。
ケース2 上記と同じ前提条件。
プランA:3つのうち2つの工場と4000人の職が失われる。
プランB:3つすべての工場と6000人全員の職が失われる可能性が3分の2ある。だが、すべての工場と職を救える可能性が3分の1ある。
この選択肢に変えると、82%がプランBを選択しました。
じつはケース1とケース2は同じことを言っています。それでありながら、選択の傾向は真逆の結果を示しているのです。カーマン氏の理論によれば、「心理的に違ったものに見える」がために被験者の選択が逆転したと言うのです。
「優良地銀」の評価を得たいばかりに踏み外した道
では、ケース1と2の違いは何か。ケース1はプランAが「得るもの(手許に残るもの)」に視点をおいた表現。ケース2はプランAが「失うもの」を前面に出した表現でした。ここから分かる大きなポイントは、「失うもの」が正しく明示されると損失を回避するために大きな困難にも立ち向かっていくのです。しかし、それが「得るもの」によりぼかされてしまうと、「得るもの」に甘んじて誤った方向に進みかねないのです。
すなわち、変革期や低迷期に組織として判断を誤らないためのキーワードは、「失うもの」の正しい提示と周知です。トップが「得るもの」ばかりを意識させ「失うもの」を見誤らせると、組織は由々しき事態にも陥りかねないのです。
スルガ銀行のケースは、金融激変で「失うもの」をもっと前面に意識させなくてはいけない局面で、「優良地銀」としての評価という「得るもの」に気を取られた組織意識が、道を見誤らせてしまったと思えます。
企業経営において、どんな時も「明るいビジョン」を提示し社員に夢を持たせることは大切です。しかしこと変革期、低迷機においては「今ある危機」を包み隠すことなく正確に社員に提示し「失うもの」に向き合わせるというアプローチが、組織が方向感を誤ることなく危機を乗り切る原動力になると、「プロスペクト理論」は教えてくれています。(大関暁夫)