「老舗だから大丈夫」はダメ! 創業100年企業の倒産が最多に

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   創業以来100年を超える「老舗企業」。日本は世界でも例を見ないほど老舗企業が多い「企業長寿大国」だ。しかし、そんな荒波を乗り越えてきた企業が最近、バタバタと倒産していることが帝国データバンクの調査でわかった。

   業歴100年以上の企業の2017年度の倒産・休廃業・解散件数は461件で、東日本大震災直後(2012年度)の417件をも上回り、調査を始めた2000年以降で最多となった。つい2日前の18年5月31日にも、天保5(1834)年創業の「ぬれ甘なつと」で有名な和菓子の老舗「花園万頭」が、東京地裁に破産申請した。

  • 老舗の旅館には厳しい時代に(写真はイメージです)
    老舗の旅館には厳しい時代に(写真はイメージです)
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日本は世界でも珍しい「老舗企業」大国だが......

   帝国データバンクによると、老舗企業は全国に約2万8000社に達する。J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部の取材に、調査を担当した情報企画課の飯島大介さんは「欧米でも比較的老舗企業が多いドイツでさえ約800社ですから、日本はケタ外れに多いのです」という。 その理由について飯島さんは、

「江戸時代から商業が発達して綿々と続いてきた会社が多いこと、古いものと伝統を大事にする日本人の国民性、そして日本には業界再編を活発にするM&A(企業の合併・吸収)が少なく、同族経営のファミリー企業が多いことがあげられると思います」

と説明した。

   調査の結果、業種別の倒産では「ホテル・旅館」が18件とトップで、続いて「町の酒店」(17件)、「町の洋品店」(14件)、「町の米店」(13件)、「町のお菓子店」(8件)など昔ながらの小売業が続く。また、木や竹を加工する「木材・竹材卸売業」(11件)なども目立った。

   1000年に1度といわれる東日本大震災(2011年)でも生き残った老舗企業に何が起こっているのか。これらの倒産の理由を具体的なケースから探ってみると――。

   【ホテル・旅館業】

   山口市湯田温泉の「N屋」は、明治39年(1906年)創業の地元では有名な旅館で、最盛時には温泉かけ流しの客数28室を誇っていた。この地で生まれた詩人・中原中也が結婚式・披露宴を行なった旅館としても知られ、中也が好んだ料理を取り揃えた「中也ゆかり膳」が人気メニューだった。

   しかし、近年は湯田温泉の観光客数が減り、収益が悪化、2006年に4億円を投じて賃貸用アパートを併設。事業拡大を図ったことが裏目に出て、厳しい資金繰りに迫られ、倒産に追い込まれた。

   飯島さんはこう指摘する。

「近年、外国人観光客の増大で温泉がブームになっていますが、ブームに乗っているのはリゾート型の大資本のホテルや、個性的な女将さんがいる旅館などです。山あいの老舗旅館の多くが老夫婦だけで営んでおり、後継者難に苦しんでいるのが現実です。バブル期に増築した建物が老朽化したのに建て替える資金がなく、旅館をたたむケースが増えています」

LINEにつぶされた福島の名門印刷会社

   【町の小売業】

   静岡市の洋菓子店「R家」は、明治44年(1911年)の創業時には、「ハイカラなお菓子屋」として近隣に鳴り響いていた。クッキーなどの焼き菓子を主力に「アマンド娘」「駿河」「花八景」などのブランドが評判となり、1990年代後半には静岡県中部に15店舗を構えた。

   しかし、地元での知名度が高くても、全国的な知名度を持つ県内ライバル洋菓子店に比べ、土産品需要が低かった。そこへ郊外型大型ショッピングセンターが近くに進出。同業他社の洋菓子店が出店し、一気に売り上げが落ちた。さらに、各店舗周辺にコンビニエンスストアが進出し、追い討ちをかけた。

   「R家」の場合は、「町の老舗小売業」が凋落する典型的な事例で、飯島さんは、

「大型ショッピングセンターとコンビニの進出が、さまざまな老舗の小売店に大打撃を与えています。店内にお菓子を置いていますし、酒類の販売も規制緩和で自由になりましたから、『町の酒店』も追い込まれています」

と指摘する。

   【印刷業】

   福島県の「T印刷」は、大正3年(1914年)創業で、当時から最新鋭の印刷機を持っていた。この技術力から旧郵政省に食い込み、地方にありながら官製ハガキや年賀状の受注を受け、最盛時の2009年には約49億円の売上を誇っていた。ところが、その直後からハガキの需要が一気に減少、これといった手を打てないまま、倒産に追い込まれた。

   飯島さんは、一芸に秀でた老舗企業が、時代の急激な変化に追いつけなかった典型例だと指摘する。

「メールが一般的になった後でも、ほんの数年までは、まだハガキが普通に使われていました。ところが、LINEの登場であっという間にハガキを使わなくなりました。結果論になりますが、T印刷としては予想もできない変化だったでしょう」

ワシントン条約に泣いた動物園・水族館向け動物商

   時代の荒波に翻弄された例は、まだある。

   【仏具・神具などの木工業】

   名古屋市の「S産業」は、大正2年(1913年)創業の木工製品製造会社だ。神棚などの神具一式、仏像などの仏具一式を中心に、スノコやヨシズ、縁台なども手がけていた。先見性があり、全国のホームセンターに販路を広げ、早くから通販も展開していた。2014年には5億3000万円の売上があった。

   ところが、わずか2年後の2016年には半額の2億6000万円に減少した。非常に安い中国製品との競争が激化したためだ。リストラや経費節減に努めたが、改善することなく破たんした。

   【動物商】

   東京都の「A鳥獣店」は、明治41年(1908年)創業の鳥獣売買業者で、主に動物園や水族館向けに哺乳類、爬虫類、鳥類などを卸してきた。明治時代には取り扱った動物の病気の手当てまで行なったほどで、世界各国に調達のパイプを持つ老舗として業界では著名だった。特にキリン、ペンギン、アシカなどに強みを持ち、2011年には売上高約3億円を計上した。

   ところが近年、ワシントン条約などの規制が厳しくなり、動物の輸入が難しくなった。また、国内の動物園、水族館が飽和状態になり、需要が落ち込み、2016年には売上が5000万円に減少、事業をたたんだ。

   【農業用具メーカー】

   大阪府の「Y」は、江戸時代の享保3年(1718年)創業という300年の業歴を持つ農業用具メーカーだ。もともとは鍋・釜・鍬(くわ)・鋤(すき)などの製造が専門だったが、ほかにトラクターやパワーショベルも製造。さらに建設機械の部品、上下水道特殊大型継手、建築金具、硝子(ガラス)金具、自動車部品、鉄道部品......と幅広く金属製品の製造を手がけていった。

   3万平方メートルを超える本社工場に加え、マレーシアにも現地法人を設立し、海外進出も果たした。1991年には94億円の売り上げを計上。しかし、その後は取引先の多くが生産拠点を海外に移したため、受注が激減。300年の歴史に幕を下ろした。

   この3つのケースについて、飯島さんはこう分析する。

「時代の流れをどう読み、いかに変化に柔軟に対応していくか、経営者の手腕が問われます。そのためには市場が今どう変化しているのか、たえずリサーチして進むべき道を果断に決断することが大切です。厳しい言い方ですが、この3社はそれができていませんでした」

   それでは、老舗企業はどうすればよいのか。飯島さんは語った。

「考えてみれば、老舗企業2万8000社のうち、倒産したのはわずか1.6%。残り98%強はしぶとく生き残っています。戦争や2つの大震災(関東と東日本)という大変化を乗り越えてきたわけですから、厳しかった時代の経験を継承しくことが老舗の強みでしょう」

   なお、調査は帝国データバンクが持つ企業概要データベースCOSMOS2(約120万社網羅)を元に実施した。

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