2011年3月11日の東日本大震災から7年余。被災地では復興支援の取り組みが今も続けられている。
そんななか、酒器である「盃」をとおして、津波で大被害を受けた宮城県沿岸部の人々を、比較的被害が少なかった内陸部の人々が支援する取り組みが話題になっている。
「盃」の原材料の石を沿岸部の石巻市が提供、内陸部の企業や大学のテクノロジーが高度な工芸品に仕上げる「オール宮城」の連携プレーだ。
津波被害の沿岸部の原石を、内陸部のハイテクで「盃」に加工
この盃は「雄勝(おがつ)の濡れ盃」。材料の雄勝石は、津波で壊滅的な被害を受けた石巻市雄勝町で産出される硬い粘板岩だ。黒光りする独特の光沢があり、スパッ、スパッと平らにキレイに割れるため、2012年に復元された東京駅丸の内駅舎のスレート屋根に使われている。
また、雄勝石で作られた雄勝硯(すずり)は、濡れた風合いの素晴らしさから伊達政宗も愛用したといわれ、国指定の伝統工芸品になっている。
ただし、雄勝石は平らに割れやすい性質があるため、丸く加工するのが非常に難しかった。その難しさを、東北大学大学院工学研究科の堀切川一男(ほりきりがわ・かずお)教授(摩擦学)の指導を受け、宮城県美里町の金属加工メーカー「キョーユー」(畑中得實社長)が、2ミリの薄さに削ることに成功した。直径10センチの丸く平らな盃と、外径5センチのぐい呑みに仕上げた。2015年12月のことだ。
「雄勝の濡れ盃」は2016年5月に仙台市で開かれたG7財務省・中央銀行総裁会議の歓迎式典で披露された。また、2017年には「日本ギフト大賞 都道府県賞」を受賞。これは、全国49新聞社などが審査にあたり、地方の名産を1県1品ずつ表彰するもので、宮城県代表に選ばれたのだ。
製品化にあたっては、雄勝硯生産販売協同組合や宮城県大崎市のNPO法人「未来産業創造おおさき」、そして仙台市の工芸品販売「こけしのしまぬき」など多くの団体と企業、大学、自治体が協力した。いわば石巻市の復興を、仙台市や大崎市、美里町などの「オール宮城」でサポートしたわけだ。
きっかけは「お酒好き」の東北大教授のアイデアだった
その中でも中心的な役割を果たしたのが、「雄勝の濡れ盃」の販売と盃のデザイン、原材料の雄勝石の調達などを担当した「こけしのしまぬき」の島貫昭彦社長だ。J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部は、島貫社長に話を聞いた。
――「濡れ盃」の名前は変わっていますね。どのような経緯があるのですか。
島貫さん「(盃に水を注いで見せながら)昔から硯に使っていたくらいですから保湿性に優れ、お酒(水)を入れると石の肌の色が、濃いグレーから黒く変わるのです。ほら、盃がぬめっとしてきて酒が美味しく見えるでしょう」
――平らに割れやすい雄勝石を、丸くて薄い盃に削り出すというアイデアは、どこから浮かんだのでしょう。
島貫さん「東北大学の堀切川一男先生が参画してくれたのが大きいです。雄勝石は硯だけでなく、ペーパーウエイトなど、四角く削り出す工芸品も作っています。それを見て、お酒が好きな先生が『丸い盃も削り出すことができるのではないか』と思いついたのです。そこで、先生に指導していただき、金属加工の精密技術に秀でたキョーユーに、盃の削り出しを依頼しました」
――パリッと割れたりしなかったのですか。
島貫さん「キョーユーは、ハイテク技術を使った金属の超精密加工が専門で、初めて雄勝石に挑戦したのですが、驚くほど見事に丸い盃を削り出しました。滑らかすぎて、石の製品には見えず、木製品に見えるほどです。そこで、第2弾として今年(2018年)3月に四角形の盃『角盃(かくはい)』を作りました。こちらは平らに割れる性質を利用していますから、見た目が石らしい出来上がりです。一つひとつの石によって割れ方が違うため、世界にひとつだけの盃を持つことができます」
――盃を持つと、確かにずっしりとした重量感がありますね。ところで、いくらで、年間どのくらい売れているのですか。
島貫さん「第1弾の平盃が10万8000円、ぐい呑みが4万3200円、第2弾の角盃は2種類あり、4万3200円と5万4000円(いずれも税込)です。ギフトとして買われるお客様が多いですが、受注生産ですから年間数十個くらいです。ただ、硯の需要自体が年々減っているし、雄勝町の硯職人の数も少なくなっています。雄勝石でこれだけの加工ができるのだから、盃を作りあげた技術で食器を作るなど、いろいろな新商品の開発に応用できるでしょう。雄勝町の職人に技術を広め、復興の支援につなげたいと考えています」
記者は、あまりの美酒にお代わりをしてしまった
――「雄勝の濡れ盃」でお酒を飲む時は、どんな作法がいいのですか。
島貫さん「雄勝石は熱伝導がいいので、熱燗だと手が熱くなります。冷や酒がオススメです。広い盃の濡れた風情を眺めながらお酒を味わう時は平盃で、手に包み込んで石の肌触りを感じながらお酒を楽しむ時は、ぐい呑みや角盃がいいでしょう。熱が伝わりやすいので、手のひらの体温でお酒が温まり、いい香りが立ち込めます」
会社ウォッチ編集部記者は、島貫さんから平盃と角盃を借りて、宮城県の名酒「一ノ蔵」を飲んでみた。しばらく盃を手のひらに包んでいると、「一ノ蔵」のふくよかな香りがモワ~と立ち込め、心地よく鼻をつく。飲むと口あたりがやわらかい! ほろ苦くスッキリしている。思わず、それぞれの盃で1杯ずつお代わりをしてしまった。(福田和郎)