法人向けにコンサルティングサービスを提供している東証1部上場企業A社の企業向けセミナーに顔を出し、セミナー終了後に創業社長であるS氏のお話を直接うかがう機会を得ました。
S氏は関西のご出身で、明るくお話上手で商売上手な方という印象ですが、それは恐らく私だけではなくセミナー出席者はじめ氏を知る誰も抱いている印象ではないかと思われます。お目にかかったのが、長時間話をされたセミナー終了直後ということもあり、やや高揚気味の口調でまず「うちのセミナー、いかがでしたか?」という問いかけから始まりました。
「もともと根クラのオタク学生だった」話し上手の社長
「とてもわかりやすい内容で、大変勉強になりました。何より社長の軽妙なお話ぶりには感銘すら受けました。適度なジョークを交えながら、聞き手を飽きさせないお話ぶりは本当に素晴らしかったです。社長はもしや学生時代は落研所属でいらしたのですか」
これは私の正直な気持ちをお伝えしたまでなのですが、S氏からは意外な答えが返ってきました。
「いやいや、とんでもない。もともと私は根クラの、今で言うところのオタク学生ですよ。どちらかと言えば話ベタ。人前で話をするなんて、その頃は絶対にやりたくないクチです。今は仕事ですから、これはもう嫌がおうにもやらざるを得ないわけで。ウチのような企業は経営者の皆さん相手の商売ですから、やはりこちらも経営者である私が前面に出て話をしないことには信頼感を得られませんから。無理無理やっているわけですわ」
などと言って笑い飛ばす姿からは、およそ無理無理やっている風には思えません。 興味をそそられ、さらに突っ込んで「その真相を知りたい」と質問を続けると、ようやくこんな答えが返ってきました。
「じゃあ仕方ない、タネ明かししましょう。セミナーの私は特訓の賜物なのですよ。それをやらなくちゃいけなくなった時から今に至るまで、プロのトレーナーを付けて特訓をしています。ストーリー展開から、声の出し方、話し方、壇上での動き方に至るまで、プロの力を借りて事細かに組み立ててトレーニングしています。毎回練習をビデオ収録しているのですが、最初は本当にひどかった。でも特訓のお陰で随分上達したとは思います」
なるほど、傍目には知ることのできない陰の努力がそこにあったのでした。
ある先輩経営者との出会い
聞けばこの特訓もあるキッカケがあったのだと言います。それはとある先輩経営者との出会いでした。
「私は今の仕事を始める時に、コンサルティング会社時代にお世話になった多くの有名、無名の経営者の方にお話をうかがいにあがりました。その折、企業経営に関する多くの著作でも知られる大経営者でもあるI先生から、貴重なお話をいただいたのです。先生は会社経営に財務的な視点は不可欠と常々著作にも書いていた方だったのですが、じつは会社経営を始めた頃はまったく財務音痴だったのだと。そこで一念発起して、密かに専門学校に通い財務・経理の勉強を積んで、大経営者への基礎を築かれたというのです。何事においても経営者が苦手分野を持ってはダメだ、それが会社のアキレス腱になると、教えられました」
その折に、S氏はさらに経営者の努力は陰でするものだとも教えられたのだと言います。「努力する姿を見せて周囲から褒められるのは、社員のレベル。経営者の努力はむしろ見られて恥ずかしいものと心得よ。社員のうちは努力をすることで評価を得られるが、経営者になれば結果がすべてである」と。じつに的を射た言葉です。
「I先生がおっしゃる通り、経営者の弱点はイコール会社の弱点です。すなわち、経営者の努力が外に見えるのは、会社の弱点を外にさらしているようなもの。私は昔からの商売柄、人一倍多くの経営者の方々にお目にかかってきましたが、名経営者と言われる方ほど、必ずと言っていいほど陰で人一倍の努力をされている。どんなに才能や才覚のある経営者でも、自分の弱点を知りながら、それをないがしろにしたり人任せにしたりしている人は、どうしてもその方の会社の成長が一定の踊り場から抜け出せずに止まってしまのです。私はそんな姿をたくさん見てきましたから、先生の言葉は本当に重く胸に響いいたのです」
大経営者の教えを守り、サラリーマン企業コンサルタントから一代で一部上場企業をつくりあげられたS氏の言葉であるがゆえに、大きな説得力もって私にも届きました。
経営者たるもの、弱点克服に向けた陰の努力を怠るな。私も一経営者の端くれとして、心して受けとめさせていただきます。(大関暁夫)