3月、4月はビジネスパーソンにとって「転機」のシーズンです。今年(2018年)はたまたま、知り合いお二人の転機に立ち会うことになりました。
一人は、一部上場企業で部長職を務めるNさん。「3月一杯で会社を卒業することになりました」とのメールが、年度末の最終週に届きました。
「えっ? まだ定年ではなかったハズ」と思い、直接ご本人に電話をしてみました。
独立する人、組織に戻る人 それぞれの選択
「サラリーマン生活も35年を数え、子供も全員独立し、自分自身が週5日に背広姿で出かけるのは終わりにしたいなと思いましてね。仕事も少しはするけれども、主に自分のやりたいことをやりたい。もうそんな歳ですよ」
じつはNさん、10年ほど前の海外勤務時にはじめた劇団活動と、「還暦の手習い」的習い事の落語にはまっていて、人を楽しませること、人の笑顔を見ることに、今までのサラリーマン人生にはないやりがいを感じたのだと。年金の満額支給まではまだ少し時間はあるものの、退職金や蓄えをベースに経験を生かした軽めの仕事の合間に演劇と落語に今まで以上に精を出したい。
そんな意気込みを、ふっ切れた笑顔で楽しそうに話してくれました。
もう一人、この春に転機を迎えたのは、30代半ばの女性ビジネスパーソンのYさん。大手電機メーカーに10年弱勤務したのちに、一念発起して独立。コーチングをベースとしたカウンセラーで生計を立てるべく、がんばってきました。
しかし、なかなか独立の道は険しく、派遣で基本的な生計を稼ぎながら細々カウンセリングのクライアントを確保するという日々の繰り返しに限界を感じ始めていたようで、彼女と会うたび、その悩みは深くなっているのが、表情からうかがうことができました。
「思ったほど甘くはなかったというのが、正直なところです。コーチングの技術を身につけていたつもりでも、一企業勤務を10年弱しか知らない社会経験の乏しさはいかんともしがたく、自分に対するニーズの不足ということを痛切に感じさせられた3年間でした」
Yさんは、多数の大手企業を相手にマーケティング支援をしている中堅企業D社への再就職を決め、この4月からサラリーマン生活に戻ることになりました。
「仕事を通じたひょんな出会いからD社の社長と出会い、技術系大学出身で前職ではマーケティングを担当していた自分のことを、戦力として欲しいと再就職を勧誘していただいたことに、ビジネスシーンで必要とされることのありがたさをつくづく感じました。D社ではさまざまな大企業のお手伝いを通じて、これまでの自分に足りない新しいことをたくさん学びたいと思います。将来、再度独立を志すか否かは一度白紙にしながら、必要とされる職場で今やれることを精一杯やる中で、次の展開が見えて来たらいいと思っています」
と、今までの悩みに曇っていた顔つきが嘘のように、晴れ晴れと話してくれました。
社長が見るべき、社員活性化のための3つのポイント
NさんとYさんは、年齢も職種も立場もまったく異なるお二人ですが、新たな転機を自ら選択され今まさに歩き出さんとするビジネスパーソンの表情の明るさ、元気さには間違いなく同じものを感じました。
お二人の希望に満ちた笑顔の裏には、それまでの悩ましき問題意識とその解決策を見出し確実な手ごたえを持って歩き出すために背中を押してくれた、共通する重要なことが存在していると思います。
以前にこの連載でも取り上げたことがある、起業や新規事業展開を考えるときに押さえるべき3つのポイントがあります。
ひとつはそれが「やりたいこと」であること。2つめにそれが「やれることである」こと。そして3つめにそれが「やるべきこと」であること、です。「やるべきこと」とは言い換えれば、「求められること」「必要とされること」です。
この考え方に照らしてみると、Nさんは、長年のサラリーマン生活に「やりたいこと」の感覚が欠乏して、演劇や落語に打ち込む自分に「やりたいこと」かつ「求められること」すなわち「やるべきこと」を見出したと言えます。
「やれること」に関しては、これから今まで以上に打ち込んでいけば必ず、自他ともに満足のいくレベルまで「やれる」との確信を持ったからこそ、退職を決めたのだと言えます。
「社員が何を欲しているのか」を把握する
一方のYさんは、「やりたいこと」で「やれること」をやろうと独立したものの、それが思っていたように「求められること」すなわち「やるべきこと」にならないことに気が付き、D社からの再就職のオファーに知らず知らずに渇望していた「求められること」を感じ、前向きな自分を取り戻した、そんな流れかと思います。
二人の晴れ晴れとした、希望に満ちた顔を見て、「やりたいこと」「やれること」「やるべきこと」の三要素は、必ずしも起業や新規事業の検討だけでなく、ビジネスパーソンの活性化にも重要な視点であると再認識させられました。
企業という組織活動の中では当然のことながら、全社員の「やりたいこと」「やれること」「やるべきこと」を満たすことはもちろん不可能です。
しかしながら、社員一人ひとりの三要素の状況がどうなっていて、何が一番足りていないのか、何を一番欲しているのか、それらをしっかりと経営者が把握し対応努力をすることは、確実に「働き方改革」実現のヒントになると確信した次第です。(大関暁夫)