大衆的な中華料理店に入って、女性の店員に「まず、生ビールを中ジョッキで」と言うと、彼女は僕がいるテーブルの端のほうを黙って指差した。
そこには「タッチパネル」が置いてあり、注文はこれを使ってやることになっているのだ。
人手不足の解消はわかるけど......
タッチパネルの画面には「ドリンク・おつまみ」「焼きギョーザ」「チャーハン・丼」「ラーメン・焼きそば」「一品料理」「デザート」などの項目が並んでいる。まず「ドリンク・おつまみ」に触れると、生ビール(中ジョッキ)、瓶ビール、日本酒、紹興酒、チューハイなどのメニューが出てきたので、「生ビール」に触れた。
さらに「1杯」→「注文確認」→「注文する」というふうに、何回もパネルに触れて、やっとジョッキ1杯の生ビールにありつけた。あ、そうそう、「あなたは20歳以上で、お車を運転されないお客様ですか」という質問も出てきた。
料理をいくつか注文しているうちに、注文するつもりのない料理に指が触れてしまい、それが画面に現れた。どうしようか? すると、「店員呼び出し」という項目が目についた。そこに触れると、男性の店員がすぐ「どうなさいましたか」と言いながら寄ってきた。
こんなパネルを導入した店の気持ちはよく分かる。何しろ、人手不足である。店員には一見してベトナム人、中国人などと思われるアジア系の若者たちも目立つ。求人には苦労していることだろう。
それに、外国人だから、慣れないうちは注文を取り間違えることだってあるだろう。パネルだと、その心配もなくなる。
店員の「おまちどうさま」も消える?
そうは言っても、パネルのおかげで、客と店員との会話が減ることはどうも寂しいし、不便でもある。これまでなら、「生ビールとみそラーメン。生ビールは先に持ってきてね。みそラーメンは少し遅めに」などと一気に言えたのに、パネルではそれができない。別々に注文しなければならない。
でも、この店の場合、会話という点では、まだましである。飲みものや料理は店員が「おまちどうさま」と言いながら、運んできてくれる。
たまに行く回転ずしの店もパネルで注文するのだが、すしを届けてくれるのは店員ではない。新幹線の形をした玩具の列車が、テーブル脇に設けられた線路を走って届けにくる。店に入ってから出るまで、店員との会話はほとんどない。
スマホのおかげで、人間同士の生身の会話が減りつつある。タッチパネルはそれに拍車をかける。パネルは一時的には店にとっていいものであっても、長い目で見れば、人と人との絆を壊していく。人間社会にとって弊害が大きいのではないだろうか。
僕自身にはいいアイデアがなくて申し訳ないのだけど、店のほうも「人手不足→合理化→タッチパネル」と、単純に考えないで、もう少し知恵を絞ってほしい。(岩城元)