AI(人工知能)などの最新テクノロジーが人間の仕事に取って代わろうとしている現在、経営のあり方も大きく変わらなくてはならない。しかし、日本の経営者は旺盛なチャレンジ精神に乏しく、生産性が主要先進国の中で最下位になっているのが現状だ。
「働き方」を変えるにはまずトップが変わる必要がある。社団法人・働き方改革コンソーシアム(CESS)が東京・虎ノ門ヒルズで開いた「経営の構造改革による働き方改革実現会議」シンポジウム(2018年2月20日)の大胆な議論と提案を、前編と後編の2回にわたり紹介する。
NEWテクノロジー時代の「社長の選び方」(後編) できる経営者は「ゾンビ」を退治する!?
最近の経営者は「依頼心」が強い
竹中平蔵さん「日本の市場は企業の新規参入も退場も少なく、新陳代謝が低い。そのため低くなった生産性を何とか高めようと、労働力の活性化、つまり『働き方改革』が課題になっています、越智さん、政府の立場からはどう進めていきますか?」
越智隆雄さん「5年目を迎えた安倍政権として、2016年からの働き方改革、2017年からの生産性革命は、第1段階のアベノミクス3本の矢から数え、第4、第5のステップと考えています。日本のように生産性は低いが長く働く国と、ヨーロッパのように生産性が高いが短く働く国の、生産性の総量を比べると、日本のほうが低い。これは雇用が硬直化しているからではないかと考えています。
働く人が転職しやすくなり、自由に仕事を選べるようになると、生産性も上がる。そのためには幼児からシニアまでの教育改革を進めることが大事。教育と働き方改革はセットであると考えています。特に大学は社会人のリセット教育の場として、学び直しができるように支援していきたいです」
宮内義彦さん「日本の企業は欧米に比べて、収益性が低い。収益性を上げるにはどうしたらよいか。トップを変えるしかありません。経営者が旺盛なチャレンジ精神でイノベーションを起こさなくてはならないのに、ここ10~20年で世界を驚かすことをやった経営者がいるかというと、思いつきません。サラリーマンの『官僚社会』で育ったトップばかりになってしまったからです。
子どもの頃からブランド小学校、ブランド大学、ブランド企業に入り、企業のある意味、階層社会の中で、たまたまトップに上がった。経営の世界は疾風怒濤であるべきなのに、数年間だけ社長を務め、何とか守り切って無事に後継者につなごうとする。思い切ったことをやろうという『アニマル精神』などまったく感じられません」
斉藤惇さん「私たちの先輩世代の経営者は、戦後日本でゼロから会社を立ち上げた。あくまで民間ベースで、自分がやらないとこの国はよくならないという気概がありました。最近の若い経営者を見ていると、何か起こると自分でリスクを背負わず、すぐ国に寄りかかり、頼みごとをする印象を受けます。
内閣府が実施した先進7か国の若者の意識調査によると、日本の若者のチャレンジ精神は一番低い。『うまくいくか、わからないことにも挑戦するか』という問いで、『はい』と答えたのはフランス人が86%、ドイツ・米国・英国が80%、韓国72%、スェーデン66%で、日本は52%で最下位です。リスクを背負わない国民性が若い世代に広がっている気がします」
竹中さん「経済学者の香西泰(ゆたか)さんの本によると、日本の経済界はずっと政府の介入を避けてきた。介入があっても『微動型介入』でしたが、1980年代の中曽根(康弘)内閣の頃から何かあると政府に頼むようになったといいます。『300億円出してくれ』『ああ、いいよ』と。さて、斎藤さんから若い世代への言及がありましたが、宮原さん、いかがですか」
宮原禎さん「私、36歳です(笑)。大事なのはトキ(時間)だと思います。若い時にチャレンジすれば、どれだけ落ちても這い上がれますが、年をとってからでは体力的に難しい。私の会社は医療データベースを使った健康サービスを提供しています。その際、蓄積したデータを使い、アセット(資産)の活用をすることに着目しています。諸先輩方のアセット活用とは別の側面を見て、それにITやAIを掛け合わせる方法です。明らかに生産性が高まるし、それが私たちのソーシャルイノベーションです」
これからの経営者に絶対必要なのはITやAIへの理解と知識
竹中さん「医療データベースでイノベーションを起こすと、いろいろな規制の壁にぶつかったり、批判を受けたりすることはなかったですか?」
宮原さん「ありました。株式会社日本医療データセンター創業者の木村(真也会長)は非難を受けつつ続けてきました。ゼロからまったく新しいものをつくることが、本当に産業構造を変えるイノベーションになるかどうかは疑問です。創業者がつくったものを社内ベンチャーによって変えていくことがイノベーションにつながると思うし、私が目指す方向でもあります」
竹中さん「越智さんに聞きます。具体的な経営改革として政府が今、一番やらなくてはいけないと考えているのは何ですか?」
越智さん「2点あります。ひとつは、上場企業にコーポレートガバナンス・コードが導入され、経営改革を促す仕組みができました。外部からその会社の資金の出し入れなどをしっかり見ていきます。もう一つは、企業の稼ぐ力をどうつけていくか、生産性を高めるにはどうしたらよいか。それには『CEOの選ばれ方』に注目しています。
内閣府の調査では、日本の経営者は97%が内部昇格です。他社で経験のある人は24%しかいない。他国で働いた経験者も17%だけ。国籍もほぼ100%日本です。事業形態を見ても、本業が入れ替わる例が少なく、事業再編が行なわれていない。政府としては言いにくいが、民間活力を付けるには、まず経営者が変わっていかないといけないと考えています」
竹中さん「確かに『トップの選び方』がキーワードですね。若い世代の宮原さんはどう考えますか?」
宮原さん「いま経営者に絶対必要なのは、ITやAIへの理解です。これからの時代を生き抜くには、デジタルができない経営者はもうダメだと思います」
ハゲタカを暴れさせないと日本の企業は変わらない
竹中さん「ところで、欧米では株主が経営者を厳しくチェックします。かつて産業再生機構のCEOとして不良債権を処理し、また東京証券取引所のトップとして『市場の番人』といわれた斉藤さん、株主が経営者を変えるトリガー(引き鉄)にはならないでしょうか」
斉藤さん「日本では難しいですね。日本の企業は株を持ち合っているので、株主同士が馴れ合っています。また、日本人の国民性として、株主について、株を今日買って明日売るグリーディー(強欲)な連中というイメージを強く持っている。株主権を行使して企業を動かすと、『儲けたいからやっている』と、非常に品のない行動ととらえます。
米国では、ベトナム戦争直後の1970年代、年金制度が崩壊しました。長年積み立ててきたのに年金がもらえない人が続出。そこで当時のフォード政権は、年金を自由に運用させ、しっかり儲けさせる制度をつくり、株主の金銭的な欲望を使って立ち直らせたのです。品の悪い言い方ですが、グリーディーな力を借りてアニマルを暴れさせないと、企業や社会の仕組みは変わりません。アクティビスト(物言う投資家)もハゲタカも大歓迎です。
その際に、アニマルたちに自由に儲けさせるが、勝手なことはさせない、反社会的な行動を監視する仕組みとしてできたのがコーポレートガバナンスなのです」
宮原さん「アクティビストは、いきなり会社の中に入ってきて従業員の首を切りますが、その段階までいかないと改革できないのか。会社にまだ資金力があり、セーフティーネットが利く段階で改革したほうが、私は従業員に優しいと思います」
【連載】「働き方」「働かせ方」を考える
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◆フォーラム参加者 プロフィール
●竹中平蔵(東洋大学教授・慶應義塾大学名誉教授)
日本開発銀行を経てハーバード大学客員准教授、経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣、郵政民営化担当大臣を歴任、未来投資会議メンバー。
●宮内義彦(オリックス・シニア・チェアマン)
日綿實業(現・双日)入社。オリエント・リース(現・オリックス)入社、オリックス会長、グループCEOを経て現職。プロ野球 オリックス・バファローズオーナー。
●斉藤惇(日本野球機構コミッショナー)
慶應義塾大学卒、野村證券入社、同社副社長を経て住友ライフ・インベストメント社長、産業再生機構社長、東京証券取引所社長、日本野球機構会長などを歴任。
●越智隆雄(内閣府副大臣・衆議院議員)
慶應義塾大学卒、住友銀行入行。衆議院議員秘書・国務大臣秘書官を経て2005年衆議院選初当選、4期目。内閣府副大臣では経済財政政策・金融担当。
●宮原禎(ヘルスデータ・プラットフォーム社長)
慶應義塾大学卒、リクルート入社、WEBプラットフォーム開発などに従事。経営支援業リヴァンプでコンサルティング業務などを経て現職。